かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

 美しき日本 大正昭和の旅 (江戸東京博物館)

両国の江戸東京博物館『美しき日本 大正昭和の旅』展を見てきました.
タイトルとおり,大正から昭和にかけての観光地や交通手段の整備を背景とした旅行文化,観光文化をテーマとした展示です.「旅のはじめに−プロローグ」「旅のいざない−外国人が伝えた日本」「旅のイメージ−川瀬巴水とその時代」「旅のひろがり−観光の進展」「旅のうつろい−エピローグ」の5つの章立てで全体が構成され,近代的な余暇あるいは保健衛生の思想を背景とした海水浴,ハイキング,スキーといったレジャーとしての旅行,外国人観光客の誘致に見られるエキゾチシズム(ジャポニズム)の自己演出,名勝・観光地の発見=郷土の再発見...といったモチーフがさまざまな資料や美術作品によって跡づけられていました.
個人的にはお目当ては,川瀬巴水の版画と,吉田初三郎の鳥瞰図だったのですが,ともにまとまった量の作品が展示してあり,初心者の私にとって,十二分に入門の役割を果たしてくれました.
特に川瀬巴水については,展示の第3章(「旅のイメージ 川瀬巴水とその時代」)として,江戸東京博物館所蔵の作品が多数出ており,さながら巴水展といった雰囲気でした.版元の渡邉庄三郎/渡邉版画店(現在,渡邉木版美術画舗)と組んだ最初の作品《塩原おかね路》大正7年[1918])など初期の縦長・横長版の作品をはじめ,

  • 《旅みやげ第一集》 大正8〜9年(1919〜1920).全16図.
  • 《旅みやげ第二集》 大正10年(1921).全29図.
  • 《旅みやげ第三集》 大正13〜昭和4年(1924〜1929).全29図.
  • 《東京十二題》 大正8〜10年(1919〜1921).全12図.
  • 《東京十二ヶ月》 大正9〜10年(1920〜1921).全5図.円い形の版.
  • 《三菱深川別邸の図》 大正9年(1920).
  • 《日本風景選集》 大正11〜15年(1922〜1926).全36図.

といったシリーズから数点ずつ展示されていました(展示は前期・後期で入れ替えあり).
川瀬巴水の風景版画は,名勝を描いたとしても,名勝をこれみよがしに描くことはなく,どちらかというと控えめで,端正に描いています.大胆な構図のものもありますが,大胆なだけではなく,静かで落ちついたたたずまいであったりもします.「雪」や「宵」「夜」を表現したものが多く,特に青を使って表現された「闇」が,実に美しい.淡いノスタルジーと旅情がいい感じで画面から立ち上っています.それと船,それも帆を張った船を描いたものが多く,意外にエキゾチックな感じで,おもしろいなあと思っています.
この章の最後の部分では,巴水以外の新版画の作品が作家ごとに,これもわりとまとめて展示してありました.伊東深水,高橋松亭,笠松紫浪,石渡江逸,吉田博,ノエル・ヌエット,橋口五葉らです.

ちょっと脱線して,川瀬巴水関連の展覧会情報です.

この他,高橋松亭の展示も開催されます.

  • 大田区立郷土博物館 『高橋松亭(弘明) 版画の世界』 会期:2005.10/23〜12/4(途中,展示替えあり)

吉田初三郎の鳥瞰図は,第4章「旅のひろがり 観光の進展」の1「郷土への関心」のパートでどかっと紹介してありました.
初三郎には,大きな鉄道会社だけではなく,地方の小さな鉄道会社からも鳥瞰図作成の依頼が多くあったわけですが,これは各地においてそれぞれの土地を中心とした鳥瞰図を見たいという欲求があったためらしい.郷土への関心,というわけですね.
それはともかく,やはり吉田初三郎鳥瞰図は極端なデフォルメと詳細な地名の書き込みがおもしろかった.最初に展示してあった日本海側から見た《日本交通鳥瞰図》でもアメリカ大陸あたりは当然のこと,南極まで描き込んでいて,なかなかの魚眼デフォルメぶりでしたが,日本のローカルな鳥瞰図において,どこまで遠隔の地名が書き込めているかを確かめるのが,私なんかにはなかなか楽しかったですね.湘南の鳥瞰図なのに門司が載っていたりとか.
初三郎のものの他に,弟子たちの鳥瞰図も出ていました.特に金子常光のものが多く,初三郎のものが魚眼デフォルメだとしたら,こちらは広角デフォルメという感じ.
また,初三郎の作品は鳥瞰図の他に,ジャパネスクな観光ポスターなどが展示してありました.たとえばこれ.このポスターを見て,外国人が当時の日本を理解したとすれば,まあ,日本を誤解したでしょうねえ.なにせ振り袖美人が籠に乗ってますもの.
巴水初三郎の他にもいろいろとおもしろい展示がありました.例えば,ホテルや客船に関する部分(第2章の3,「訪れた人々」のうち).フランク・ロイド・ライトがデザインした帝国ホテルの椅子やコーヒーポット.あるいは,日光の金谷ホテルの室内トイレセット(これは蓋付きの大きな陶製の鉢で,木製の戸棚にいれてある.なんでも砂が入れてあったそうで,まるで猫じゃん!!で,夜中に催してきたら,この鉢を引っ張り出してしたらしいです.う〜ん).また,秩父氷川丸といった客船に関する展示.昭和初〜戦前に就航した客船は神社の名前がついているですって.知りませんでした.確かに,秩父神社氷川神社になりますね.これらの客船の室内装飾はもちろんアール・デコ.写真で紹介してありました.

カタログは2000円で,内容はまあまあ.川瀬巴水については量的にもわりと多いので入門的な図録になりますね.吉田初三郎のパノラマ地図―大正・昭和の鳥瞰図絵師 (別冊太陽)吉田初三郎については図版が小さすぎて詳細がほとんどわからず,これは残念.各図につき,一部を拡大した図が掲載してあるのですが,これが原図とほとんど同じ大きさで,どこが拡大?とちょっと苦笑させられました.吉田初三郎の鳥瞰図はオリジナルが古書肆でときどき出ますが(だいたい数千円から1万数千円ぐらい),初心者はやはり→が定番でしょうか.

あと,会場の性格からしてしょうがないのかもしれませんが,ビデオや音声資料が流れていたりで,その分ちょっと会場全体がざわざわしていたのがちょっと残念でした.

なお,展示については,ほぼ日刊イトイ新聞ここで詳細に紹介されています.

企画展を見た後,6Fに上がって,ざっと常設展安政の江戸大地震150年展』を見てきました.