かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

 東京国立博物館・平常展

時間があまりなかったこともあり,本館でほんの数点をざっと観覧.
大物では2室(国宝室)の長谷川等伯《松林図屏風》や7室(屏風と襖絵−安土桃山・江戸)の《洛中洛外図屏風(舟木本)》といったところ.
洛中洛外図 舟木本 (アートセレクション)洛中洛外図屏風(舟木本)》は前回来たときも短時間観覧したのですが,照明が落としているせいもあってはあまりよく見えませんでした.残念.どうも美術館で見るには洛中洛外図のような細密描写は相性が悪いようです.ただ,「陰翳礼讃」ではありませんが,細部も判別しがたい薄ぼんやりとした色のかたまりとなっている画面はそれなりに魅力がないわけでもなく...というのは,やはり,無理か!? 《舟木本》ですと,この本(→)あたりが,わりと身近で見やすいですね.
続いて8室(書画の展開−安土桃山・江戸)では,鶴を描いた掛幅の前で立ち止まりました.円山応挙《青松白鶴図》(双幅,天明2年[1787]),伊藤若冲《鶴図》(双幅,18c,個人蔵),酒井抱一《寿老・布袋・鶴図》(3幅,18c,個人蔵)です.応挙は右幅が「松」,左幅が「鶴」のわりとシンプルな構図.「松」は《雪松図》のようなプロポーションですね.若冲は右幅が「竹鶴」,左幅が「松鶴」で,竹の葉の描き方など,いかにも若冲らしく,また鶴の顔もよくよくみると人とは相容れない「野生」のようなものをそこはかとなく漂わせている気がしました.酒井抱一は左・右幅に群鶴を,中幅に寿老人と布袋を描いたそれこそおめでたい絵なのですが,この群鶴がちょっととんでもないことになっています.右幅では,すでに稲刈りもすんだとおぼしき田んぼの真ん中に鶴の群が山のように集まっている様子が描かれています.その集まっている数がなかなかの数.先に仙台市博物館で見た東東洋《松に鶴亀図屏風》(6曲1双・紙本淡彩,19c,瑞巌寺.正確にはカタログで見た,なんですが.展示替えで左隻の亀図しか見られませんでした)の右隻の鶴図も凄いことになっていて,2本の松の大木の回りにうじゃうじゃ鶴がいて,さらに松の木にもうじゃうじゃ,でもって,上空にも多数が編隊飛行しているというあんばいです.(ちなみに左隻の亀の方も同じような感じなんですが,亀はよく大寺院の放生池などにうじゃうじゃいるのと同じような感じでした.)これは,すごいことになっていると思って見ていたのですが,その後,東洋ほど凄く(変!!)はないのですが,大倉集古館の《探幽縮図》の中でわりと似たような図柄,松の木の周辺にうじゃじゃと鶴が群れている図を見たんですね.へ〜,わりとある図なんだ,と思っていたところへ,この抱一の鶴だったもので,なにやら運命的なものを感じた次第です(!?).この右幅に対して,左幅では,その群が編隊飛行している様子を描いているのですが,それがほとんど装飾画,というよりもアニメーションの一コマを見ているような動きと抽象を伴っていて,ちょっとびっくりでした.
それから1Fの18室(近代美術)に,吉田博の洋画が1作出ていました.《精華》(明治42[1909])という作品です.英題が《Nude and Lions》で,これからもわかるようにお得意の山岳ではなく,ヌードの女性と3頭のライオンを描いたもの.女性は片手に百合を持ち,もう一方の手で指さしつつ,雄のライオン2頭に指図をしている,あるいは諄々となにやら言い聞かせている,という図柄でした.まあ,新版画の作品とは全然違っていて,なかなか興味深かったですね.