かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

 国宝「随身庭騎絵巻」と男(おとこ)の美術  (大倉集古館)

「男の中の男」をキーワードに,主に大倉集古館所蔵の日本美術作品に登場する人物像を探ってみようという展覧会です.ただ,一応「男の中の男」なんですが,どちらかというとこの言葉から連想するようなマッチョな印象の展示物は,刀剣類や《名将肖像図帖》や《加藤清正像》ぐらいでした.《名将肖像図帖》(江戸時代)は室町将軍や戦国武将の肖像を集めたもので,観賞用というよりもどうやら粉本の類のようです.展示は,全65図中の一部で,みなさん額に皺を寄せて深刻な顔つきでした.それでも秀吉は例のごとくお猿顔でしたが...
この展覧会のメイン・ディッシュであるところの《随身庭騎絵巻》は2Fに展示してありました.展示は,会場配布の「出品リスト」によると,6/3〜18,6/20〜7/9,7/11〜28の期間はそれぞれ場面を変えての部分展示,7/29・30の両日は全場面展示だそうです(サイトに載せてくれ〜!).私の行った時は,馬に跨った秦文則から秦頼方までの4人の随身を描いた部分が出ていました.随身近衛府の役人で貴人が外出する際のボディガードですが,絵巻中の随身たちはマイケルなんかがよく後ろに従えているようなプロレスラー上がりという感じの太めのおっちゃんだったりします(今回の展示箇所ではないが,冒頭部分の何人かは特にそんな感じ!).でも,さすがに馬の乗りこなしはけっこうかっこいいです.馬が暴れてもあまり動じない自在な感じが伝わってきます.《随身庭騎絵巻》は似せ絵の代表作の一つですが,確かに彼らの表情や体つきは変に抽象化されず,やわらかで豊かな印象でした.とは言っても,モデルに似れば似るほど,個性が露わになるわけで,それが逆に戯画的なニュアンスになり,そんなにしかつめらしくない楽しいものになっていたのがうれしいですね.また,この絵巻に付随する箱や極書(狩野常信のもの他)が併せて展示してあり,興味深いところでした.それから,狩野常信(《随身庭乗図》宝永7年[1710].馬の博物館所蔵)と猪飼正毅(《随身庭乗図》文化12年[1815].馬の博物館所蔵)による2種の《随身庭騎絵巻》模本が出ていました.常信のものは臨模したものらしく,原作のもつ柔らかさがいくぶん残っていましたが,猪飼正毅のものは模本を写したものだそうで,随身のみなさんが個性が消えてしまい,ずいぶん固い表情をしていました.まあ,原作より二枚目になってはいるのですが...
あと印象に残ったものと言えば,《虫太平記絵巻》(18c)ですね(展示は全2巻中の上巻部分).これは「太平記」の登場人物をそれぞれ虫に置き換えたもの.虫に置き換えたと言っても,まるまる虫になっているのではなく,人間の姿形のまま,頭のところに冠のようにして「虫」が付いていて,それで「虫」ということになっています.で,とにかく変なのが,それぞれの登場人物の彩色具合.個体ごとに微妙に塗り分けられているのですが,もう顔色悪すぎです.まるで,ゾンビですね.しかも,この絵巻,金銀の切り箔がたくさん散らしてあったりして,けっこう豪華だったりします.一体,誰の注文で,誰が見ていたのでしょうか.お子様向きとも思えないのですが...
それから,「男の中の男」路線ではないので,お目にかかれるとは思っていなかった,伊藤若冲《乗興舟》(展示は「前嶋」から「三島」の部分.前期・後期で場面替え)や英一蝶《雑画帖》(1帖全36図のうち,「太神楽図」「獅子舞図」「兼好法師徒然草図」が展示.前期・後期で展示替えあり)に会えたのがうれしかった.
酒井抱一晩年の傑作,《五節句図》も出ていたのですが,今回は「男の中の男」ということなので,女性のみの「乞巧奠」は今回,お休み.「小朝拝」「曲水宴」「菖蒲台」「重陽宴」の4幅のみでした.ちょっと残念でしたが,「乞巧奠」はまたの機会にということで.(《五節句図》は6/20〜7/30の展示.なお,「乞巧奠」は平塚市美術館で開催の『七夕展』(2006.6/3〜7/30)に出品されるようです.)
この他,近松門左衛門の正本が3本出ていたのは意外.「出世景清」「心中天の網島」「女殺油地獄」だったのですが,景清はともかく,紙治や与兵衛はちと「男の中の男」じゃないなあ.
ということで,「男の中の男」というテーマで日本美術をジャンルに関わらず横断的に見渡したためか,意外な光景を見ることができたりして(突っ込みどころ満載!?),まあまあ楽しめる展覧会でした.
【メモ】大倉集古館 2006.6/3〜7/30(前期:6/3〜7/2 後期:7/4〜7/30) 前期・後期で作品の入れ替え,場面替えなどあり.また《随身庭騎絵巻》《五節句図》など変則的な扱いのものもあります.