かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

ジムO 六デイズ:その1 Jim O'Rourke(スーパーデラックス)

80年代:カセットテープ時代
第一セット:80年代テーブルトップギター(ソロ) ※約50分
第ニセット:80年代エレクトロニクス(ソロ) ※約50分?

1st Set: テーブルの上、客席から向かって左側にテーブルトップギター(通常のギターのネックの部分に類似。幅が扇状にやや末広がりになっている。ヘッド近くの上部にピックアップ)、右側にエフェクタ類とミキサーを配置。エフェクタは、ディレイとグライコを中心に使用。中央にはいつものマルチエフェクタも。テーブルトップギターは、指で弦を弾く他、弓弾き、ひも状のもの、輪ゴム、ドライバーの柄、さらには複数の家電のリモコン(赤外線を利用するのみならず、物理的に弦を押さえたりもしていた)などを使って演奏。弦ではなく、リア側を叩いたり、輪ゴムを張って震わせたりもする。このテーブルトップギターを音源に、それらをエフェクタ類で音響工作の上、PAを通して音を出していた(基本的には、後に使われるようになるAKSを使った演奏と同様)。
23年ぶりの演奏で練習を少ししただけとのことだったが、演奏は素晴らしいものだった。
微弱な打撃音の加工から始まり、ミキサーによる音量や左右のバランスの調整、グライコによる音質の調整、そして、ディレイによる音の織り上げを絶妙に操作し、音/音響/音楽のつづれ織りを織り上げていく50分。一つの音/音響が時間の中にゆらめき、浮き上がり、ただよい、そして消えていく、そして、それと入れ替わるように別の音/音響が姿を現す。しかもただ横に並んで現れるだけでなく、それらの音/音響はいくつかの層となって、重なり合ってもいる。たしかに、思ってもいない組み合わせ、驚きはあまり含まれなかったかもしれない。だが、それを予定調和と呼ぶのもまた違う。遠目では単純なドローンに見えるものが、実際は均一な流れではなく、その流れる速度は常に微妙に変化している。
単純に空間の中に音を配置する(もちろん、JOのその手際は素晴らしく、音楽もまた美しいのだが、空間と音の関係ということなら、現代音楽系のアクースマティックミュージックなどのライブなどの方がよほどユニークだ。)というのではく、やはり時間の中に音/音楽を再配置していく、そして、その演奏/再配置が実時間とのある種の差異/ねじれを感じさせる点が、JOの現代音楽系のライブのユニークかつ、エキサイティングなところなのかな、と改めて思う。
2nd Set: 突然暗くなって、演奏が始まった。JOは舞台向かって左側の、テント(なぜ?)の中で機器類を操作。観客からはそのテントに映るシルエットしか見えない。機材類は不明。テープか?それともそれを取り込んだPCか?いずれにしてもそれらを音源に、ミキサーなどで音量・音質などをコントロール、ニュアンスをつけていたと思われる。
演奏内容は、最初のセットに比べ、いくぶん重めの、ダークな印象を受ける。
ここでも、素材として、あるいは、音量などの点からして、意外な取り合わせ、驚きは使われず、音/音響/音楽のゆるやかなうつろいとそして速度の微妙なゆらぎが特徴的だったように思う。
残念ながらカセットテープ時代の作品は(オリジナルのカセットテープで)聴いたことはないが、全体として、90年代前半期の作品群につらなる作品の埃を払い、演奏することでリフレッシュした、という印象を受けた。新しいことはなにもなかったかもしれないが、もともとのユニークさだけで、今でも十分に新しく、そして、おもしろい。
客入れと休憩時のDJは山本達久。Led ZeppelinやRushなどのJim好みのロックを織り交ぜた選曲。
しかし、オフィシャルとは言え、カメラのシャッター音はなんとかならないものか。