かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

神戸

  • 今回は、高谷史郎「ST/LL」日本初演を観ることが第一の目的。例の札幌の悪夢再び、が怖いのだが、まあ、でかけた次第。併せて、神戸の美術館と京都の美術館に寄ってきた。往復LCCで、移動が多いので、久しぶりにスルッとKANSAI 2daysを利用した(事前のシミュレーションでは、600円ぐらい浮いたはず)。大寒波の襲来が予報されていたので、無事に帰ってこれるか、いささか心配であったが、ありがたいことに、激烈に寒かったが、雪・雨とに遭わずに無事に帰ってくることができた。
  • 最寄り7:00発のバスで成田空港へ。定刻にT3に到着。少し時間があるので、朝食がわりに朝っぱらから皿うどんなどを食らう。荷物検査を早々に済ませ、出発ロビーへ。162番ゲート。搭乗するのはJetstarGK203、9:35発。早々に搭乗は始まったのだが、例によって空港混雑だったのか、少し離陸が遅れる。関空には10分遅れで着陸。25番ゲート。関西空港駅の南海のカウンターで、スルッとKANSAIのクーポンをチケットに交換。カウンターが混雑していて、あぶなく11:39発の空港急行に乗り遅れるところだった。

  • 南海で難波駅まで。大阪難波駅まで歩いて阪神に乗り換え、魚崎→御影→岩屋と乗り継ぐ。駅近くで昼食を軽く食べておこうと思ったのだが、適当な店がなく、結局HAT神戸内のスーパーでおにぎりを買って食らうという...。さて、兵庫県立美術館に到着。

  • 兵庫県立美術館。「ジョルジュ・モランディ」展は、ボローニャにあるジョルジュ・モランディ美術館のコレクションを中心とした展覧会で、タイトルのとおり、描かれる対象となった瓶や缶といったモチーフが、絵画として、絵画の中でどのように変奏されているのか、というテーマで見せる展覧会。年代順の回顧展というわけではないが、その展覧会の中で、モランディの生涯やモランディ美術館についてなどもわかるようになっている。ごく初期に岸田劉生静物画みたいなタッチ(というか、北欧ルネサンス風)の作品が一点あり、ちょっとぞくっとさせられる。あとは、時代によりマチエールに微少な差があるものの、まあ、同じ(笑)。その変奏は、テーブルに置かれた「もの」たちを観る視線の変容なのだが、視点が変わっても見る位置は同じ(画面中央)なので、逆に「もの」たちの位置や関係性が変容していく。さらには「もの」たちはテーブルの上で、本来の「もの」の姿から離れ、静謐なシュールレアリスム風の景色を見せてもくれる。背景(壁)を描く筆のタッチがいささか粗雑?で、これが気にならなくなるほど絵から離れると、それだけ、「もの」本来の姿が溶け出して、消えてしまう。などなど。
  • 谷中安規展」は、安規作品のコレクターのM氏(だれ?)所蔵の美品を中心に、兵庫県立美術館京都国立近代美術館のコレクションを交えた内容。小企画展となっているが、展示作品の質・量的は特別展クラスの充実したもの。実はこれがお目当てだったのだが、昨年見た町田の谷中安規展には出ていなかったものも割とあり、見応えがあった。「版画大行進」は日本・ヨーロッパの、近代版画をコレクションによって概観する展示で、こちらも室・量的に充実した展示だった。ひととおり、展示を観覧した後、久しぶりに建物も一渡り観て回る。が、陽があるとはいえ、寒くて、寒くて...




  • 横尾忠則現代美術館では、開館3周年記念展「横尾忠則 幻花幻想幻画譚」を観覧。瀬戸内晴美の新聞連載の小説『幻花』(連載は1974〜5年)の挿絵全点を展示する展覧会で、会場デザインもなかなか凝っていておもしろく見ることができた。小説は室町時代、東山文化を背景とする伝奇的な?内容。中盤までが初期大友克洋で、終盤にすずしろ山口晃になるという...(笑)サンタナの横尾デザインレコードを探そうと改めて決意(笑)。前回の展覧会を観た際に、本展の招待券をもらったので、それを利用した。
  • さて、大分陽も傾いてきた。王子公園駅まで歩いて、阪急に乗車。この時間の王子駅、下校中の女子高生しかいない。身の置き所がない(笑)。大変つらい(爆)。各停で岡本まで、特急に乗り換えて梅田。ここで、京都行きの快速急行に乗り換えて河原町。ホテルまで歩く。途中で、夕食に適当なメシを適当に食らう。


  • 今回宿泊したのは、御池通富小路上ルの、ホテル杉長。ホテルというより、旅館か。やや古めだが、十畳の和室を一人で占有。ユニットバスは新しく、浴槽が大きい(大浴場もある)。トイレにウォッシュレットも完備。Wi-Fiも電波が強い。エアコンの効きもよく、何よりもとても静かだ。たいへんよろしい。食事のない格安プランだったのだが、朝食をおまけしてくれた(ただし、あくまでもおまけというレベルだったが)。
  • 風呂に入って、本など読みつつ、早々に寝入る。いつものごとく、浅い眠りの繰り返し。