かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

長崎

  • 長崎に行ってきた。前回の長崎旅行の際は、帰りの飛行機がキャンセルになり、座席が確保できた2便早い飛行機で、早々に帰路についた。そのため、予定では平和公園方面を回るつもりだったが、果たせなかった。改めて、その予定をこなすことが、今回のお目当ての一つ。また、軍艦島ツアーに参加した際に、海上から見えて、気になっていた、神ノ島のマリア像を観に行くことが、二つ目のお目当て。そして、あの…あとは、マイブームの彫刻放浪である。
  • 長崎県は、北村西望の出身県で、だから、漠然と西望作品の設置が多いに違いないと思っていたのだが、それ以上に、西望の弟子である富永直樹作品に多く出会うことになった。富永直樹(1913〜2006)は長崎市出身なので、それもそのはず、といったところか。他にも、長崎の歴史にかかわる人物などの肖像彫刻や、町を飾るために設置された野外彫刻、モニュメント、そして、もちろん平和祈念のさまざまな彫刻やモニュメントに出会ったし、予習が行き届いていなかったためか、すぐ近くまで来ていたのに、見落とした作品も多い。まあ、これは長崎にまた来る理由になるから、いいか笑
  • 行きは、バーゲンで格安チケットを買っていたので、まず福岡空港に飛ぶ。最寄り始発バスで、成田空港T3まで。定時の5:50頃、無事に着いた。がらがらの保安検査場を早々に通過して、161ゲート付近へ。といっても、いつもの通り、奧のベンチで一寝入り。搭乗する飛行機は、ジェットスターGK503便、予定では成田発7:10→9:20福岡着。だいたい予定どおり。それにしても、いろいろとストレスフル、なのは今さらの話ではないが… バスで、国際線ターミナルへ移動し、国際線Tのバスチケットカウンターで、10:12発の長崎行きのバスの乗車券を購入。2570円。福岡-長崎の九州号は、予約制自由席の高速バスだが、当日でもチケットを購入できそうだったので、飛行機が遅れても大丈夫なように、予約はしなかった。出発まで、国際線Tで、コーヒーを飲んで、一休み。天神から空港に来るバスはだいたい10〜20分くらい遅れてやってくるのが通例だが、このバスも10分ほど遅れてやってきた。この他は、まあまあ順調。九州自動車道長崎自動車道を走り、途中、多久西PAで6、7分のトイレ休憩の後、長崎バイパス昭和町を経由して、長崎市街へ。当初の遅れのまま、12:33到着予定のところ、10数分の遅れで、長崎駅に到着。
  • 長崎県営バスターミナルを出たら、すぐそこに駅前食堂の体の定食屋があった。お腹が空いていたので、そのままふらふらと吸い込まれるように入る。何を食べようかと壁に貼ってあるお品書きを見ていたら、とんかつのところで、豚の絵とふきだしで「おいしいよ」とあったので、これを注文。おいしいかどうかはともかく、肉は分厚かった。650円。つぎからつぎへと、おじさん客がやってくる。
  • お腹もいっぱいになったので、さて、出発。今日歩いたルートは以下のとおり。福済寺→聖福寺長崎県防空本部跡(立山防空壕跡)→長崎公園→諏訪神社→桜町公園→長崎市民会館前(魚の町公園)→川沿いを歩いて、眼鏡橋→西浜町電停→石橋電停→オランダ坂→みさき道→湊公園→長崎水辺の森公園→長崎県美術館大波止→ホテルで、ゴールイン。何ヶ所かは予定していたが、わりと思いつくまま、気の向くまま歩いた。はっきりした天気ではなかったが、それほど寒くもなく、夜まで雨も降らなかった。なかなかよかったのでは。福岡空港国際線Tで入手した、長崎の観光マップを手にして歩いたのだが、これ、使い勝手がよく、助かった。微妙に、観光スポットを外して歩いたこともあり、眼鏡橋付近以外にはあまり観光客には出会わなかった
  • 定食屋を出て、そのまま坂を上がって行くと、上の方、家と家の間から観音さまのお姿がぬっと見える。階段が見えたので、観音さまに誘われるままに、その階段を上がっていく。と、福済寺の、萬国霊廟長崎観音だった。霊亀の台座にすっくと立っておられる。台座の下がお堂になっており、お参りする。福済寺は、長崎の代表的な黄檗寺院「長崎四福寺」に一つで、寛永5年(1628)の建立。戦前には、大雄宝殿、青蓮堂、回廊などの伽藍が国宝に指定されたが、原爆により、すべてが焼失した。1952年に本堂兼庫裏が再建されたのをはじめ、1979年には大雄宝殿跡に鎮魂慰霊の殿堂として萬國霊廟長崎観音が造営された。境内には、碑の類がいくつも立っていて、その中に、早速北村西望作品が…といっても、銅像ではなく、西望書による「悠久世界平和」碑であった。裏面が見られなかったので、経緯の書かれた説明板があったのかも知れないが、詳細はわかない。「百齢叟西望塑人(印)」とあるので、晩年のものだろう。


ぬっと、現れた。

福済寺 萬國霊廟長崎観音

北村西望書《悠久世界平和》碑。

  • 続いて、聖福寺を拝観。ここは、前回来た時も立ち寄ったところ。聖福寺も四福寺の一つで(黄檗寺院の興福寺・福済寺・崇福寺の三福寺に、聖福寺を加えて言う)、1677年(延宝5)、隠元隆蒅の孫弟子に当たる鉄心道胖(てつしんどうはん)を開山として、建立された。福済寺は原爆により焼失したが、すぐ近くの聖福寺の伽藍は幸いにも失われなかった。急峻な丘の斜面に建てられたお堂を一つ一つ回る。拝観後、細い道があったので、来た道を戻らず、この道を辿ってみることにする。少し歩くと丘の斜面一帯に広がる墓地の中に出た。このあたりは、いくつものお寺が並んで建っているのだが、それら寺院の墓地だと思われる。見晴らしがよく、市街地一帯が見渡せる。道を辿っていくと、長崎歴史文化博物館の裏手に出た。ここに、長崎県防空本部跡(立山防空壕跡)があり、見学できるようなので、中に入ってみた。見学していると、スタッフの方が来て、参考にとリーフレットをくれた。また、防空壕跡の近くには、旧長崎県立美術博物館の壁画レリーフが移されていた。


聖福寺 大雄宝殿(仏殿)。この大雄宝殿と、山門、鐘楼、天王殿が重要文化財に指定されている。

聖福寺 魚板


聖福寺のある丘からの眺め。中央付近に長崎歴史文化博物館の屋根も見える。


立山防空壕跡 入口付近

  • 今回は博物館はパスし、その隣の長崎公園へ向かう。ここに上野彦馬銅像やピエール・ロチの記念碑があることは前もって調べていたのだが、他にも記念碑や顕彰系の肖像彫刻が数多く設置してあった。もちろん、西望作品もあった。動物広場の鳥たちの鳴き声を聞きつつ、長崎公園を抜け、諏訪神社に出る。諏訪神社にも西望作品があった。晩年の《神馬》が設置されていた。たいへんりっぱである。台座も西望好みである。諏訪神社は前回も訪ねたが、銅像マイブーム以前なので、神馬の銅像があるな、ぐらいの認識しかなかったが、改めて観ると、これまた西望作品であった次第。ここは観光客がちらほら。折から七五三のお参りに来ている人たちもいた。


長崎公園説明案内板 記念碑・顕彰碑/銅像が、ここに大集合! という感じですな。

長崎公園、《日本冩眞界之始祖 上野彦馬之像》(1951設置)。銅像の制作は佐仲三森(1950)。

同、北村西望西岡竹次郎先生》(1974) ※銘板にある「西望作」とある。

同、《ピエール・ロチ記念碑》(1950)。追記(2019.8.23):制作は菊池一雄。ピエール・ロチ生誕100年を記念して、フランス大使館が長崎市に寄贈。



諏訪神社の、北村西望《神馬》(1985) ※銘板に「百二才 西望作」とある。

  • 前回の長崎旅行の際に通り抜けた市役所の裏手の公園(桜町公園)にも何か銅像があった気がする。ということで、諏訪神社から市役所方面に歩く。大通りを避けて、細い道に入り込んでみるが、途中、ハムレットみたいな人が栗饅頭を持った看板を発見(栗王子というらしい。大正生まれの元祖ゆるキャラだとか)。ちょっと(いや、はげしく笑)気になり、ふらふらと店内に入り、ばら売りもあったので、栗饅頭を1個買ってみる。歩き疲れていたので、甘い物がおいしい。オレが買ったのは栗1個が入った、いちばん安いやつだったが、栗が2個入ったやつとか、たくさんはいったでかいやつとか、いろいろなサイズがあった。


細い道を歩いていて、ふと見つけた。栗王子(本当は黒王子らしい)の看板。これは気になるでしょう笑

で、表に回ってみた。店内を覗くと、ばら売りもしているようだ。なら、買うしかないか…

  • さて、桜町公園に到着。オレの勘違いで、銅像はなく、歌碑が一つあるだけだった。公園を抜け、市役所前で明日乗る神ノ島方面行きのバス停をチェックし、市民会館前の公園へ。前庭の、魚の町公園には彫刻が3基。3人の彫刻家、北村西望、富永直樹、北村治禧(はるよし。西望の長男)による銅像がそれぞれ1基ずつ設置されていた。通りを隔てて対面にある公会堂前公園は工事中で入れなかった。ここにもありそうと予想していたのだが、確かめられず、ちょっと残念。川沿いをしばらく歩き、眼鏡橋あたりを歩く。このあたり、団体も含め、観光客が多いところ。近くに《黙子如定像》など、他にも銅像があった模様だが、ほとんど見落としてしまった。失敗。



北村西望《花吹雪》(1961/1974設置)


北村治禧《田川務先生》(1989)。 ※銘板に「西望書」とある。親父が書いているのね。


富永直樹《平和の叫び》(1968)。初出は1968年の第11回日展で、富永はこの作品で文部大臣賞を受賞している。木下直之『せいきの大問題 新股間若衆』(新潮社・2017)の、本文最初に出てくる股間若衆はこれ。また、同じページに「(略)同じ平和公園の中には全裸で乱舞する男女七人の像もある。さすがにわれら人間には真似できない。おそらく地球上では物理的にも体力的にも、そして倫理的にも無理だろう。」(P8〜9)とあるのは、↓かな。あっ、ダメだ、聖地巡礼しちゃってるぞ、オレ笑

長崎平和公園(世界平和シンボルゾーン)の、ポール・グランランド《地球星座》(1992)。アメリカ合衆国セントポール市寄贈。長崎平和公園の世界平和シンボルゾーンには、世界各国/諸都市から平和を祈念するモニュメント/彫刻が贈られ、設置されている。

  • さらに西浜町電停まで歩く。ここの小広場にサックスおじさんがいるはず。と、いましたいました。黒川晃彦《安息の日》(1992)。ただ、この広場、喫煙所になっていて、タイトル板のある猫ちんのところに灰皿が設置され、おまけにゴミが山積みになっているのは、いただけない。ちょっと悲しくなる。残念。ここに限らず、長崎市の彫刻、あまりメンテしてないようで(建てっぱなし?)、これもちょっと残念。


黒川晃彦《安息の日》(1992)。猫ちんのところがゴミの山だったが、ちょっと片付けた。いくらなんでもひどいかなと。ちなみに、黒川晃彦は第10回みうらじゅん賞を受賞している。素晴らしい。

  • 西浜電停から路面電車に乗り、石橋電停まで移動。オランダ坂を上り、みさき道を歩く。このルートは長崎の中でも好きな道筋で、長崎に来る度に歩いている。坂を下りたところで、左に折れ、海縁に向かう。湊公園でトイレ休憩。将棋を指す老人がたくさんいた。小腹が減ったので、途中にあった店で、アップルパイとコーヒーを仕入れ、長崎水辺の森公園まで歩き、ここで再び休憩。大分暮れてきた。


石橋電停


オランダ坂


みさき道。この人家に挟まれた狭い道を歩くのが、けっこうお気に入りで、ぐんぐん坂を下りていく感じ、あるいはぐんぐん坂を登っていく感じがいいんだな。長崎に3回来て、ここに3回来ている。


ピエル・ロチ寓居の地 石碑


みさき道の道塚。みさき道(御崎道。観音道とも)は十人町から7里先にある野母崎の観音寺参詣のために作られた街道。この道塚からスタートする。塚には「みさき道」と彫られていたが、現在では風化して、ほとんど読めない。


長崎水辺の森公園 大地の広場

  • 少し水辺を歩き、長崎県立美術館へ。暮れきる前にと、先に屋上庭園を観覧。屋上に、4体の彫刻が設置されていた。1体が北村西望、3体が富永直樹。富永作品は館内の一角に1体、《塗る男》(1949、ブロンズ ※別に石膏原型も所蔵)が展示してあった。


長崎県美術館 屋上庭園


屋上庭園の、富永直樹の3作品。手前から、《新風》(1971)、《荒海の男》(1969)、《クスコの少女》(1983)。長崎県美術館のコレクションには富永直樹作品が多く収蔵されている。先日、大分で観た《西洋音楽発祥記念碑》(1971)の石膏原型などもあるようだ。

《クスコの少女》(部分)


そして、北村西望《花吹雪》(1961) ※市民会館前のものとは、別ヴァージョン。

  • 長崎県美術館 企画展「ミロコマチコ いきものたちの音がきこえる」、コレクション展を観覧。1000円。ここは企画展のチケットで、コレクション展も併せて観ることができる。特に、ミロコマチコの大ファンというわけでもないのだが、せっかくなので立ち寄ることにした。同じように山形とか、旅先のいろいろなところで、ミロコマチコ作品を観ている気がする。長めのストロークによる色面構成が動物や植物の生命の強さを引き出しているなどと。ミロコマチコ展は、世田谷文学館へも巡回するようだが、多少でも広いところで観られてよかった。続いて、コレクション展を観覧。須磨コレクションのスペイン絵画がよかった。毎日20:00まで美術館が開いているのはうれしい。平日の夜のせいか、ちょっとお客が少ないのが気にかかる。みんな、美術館へ行こうぜ!


  • 県美を見おわったところで、19:00過ぎ。さすがに歩き疲れたし、外は雨もぱらついている。今日はこれで終わりとして、大波止のホテルに向かう。途中、長崎らしく、皿うどんを食らい、スーパーで飲み物などを買う。
  • ホテルが県庁のすぐ近くなので、県庁舎前にある西望作品をチェックしに行くが、これがなくなっていた。台座にブルーシートが被せてあった。移設だろうか? 近くに同じように台座とおぼしきところにブルーシートが掛けてあるところがもう1ヶ所あった。追記(2018.1.10):新県庁舎に無事移設されたようだ。


う〜む、残念。

参考:ながさき旅ネット 長崎県庁の獅子像とソテツ

  • ホテルにチェックイン。今回はコンフォートホテル長崎に泊まった。ずいぶん以前になるが、初めて長崎に来たときにも泊まっている。6Fのシングル。設備等、特に難なし。Wi-Fiもばっちり。強いて言えば、ユニットバスのバスタブがせまい。今時のでかい人々はどうやって湯船に浸かるのだろう? などと、早々に風呂に入って、就寝。