かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

盛岡

  • 早朝の、彫刻放浪:盛岡編 4:30頃、起きだし、身仕度をする。5:00前に盛岡の街中にある野外彫刻を探りにさて出発。5:00〜6:00の間はそれほど暑くもなく、いい感じで回れたのだが、6:00を過ぎると、急に暑くなりだした。こんなことなら、もう1時間早く出ればよかったか。予定の野外彫刻を2時間ほどですべて観て回り、7:00を過ぎた頃、ホテルに帰着。シャワーを浴びて一休みしてから、2Fに降りて朝食を食べる。軽朝食で、パン、インスタントのオニオンスープ、野菜ジュース、ヨーグルト。部屋に戻り、チェックアウトの時間まで一寝入りする。


なんと、ホテルの入口に、舟越保武作品があった。


木伏緑地の啄木歌碑。「かの時に言ひそびれたる 大切の言葉は今も 胸にのこれど 啄木」。


ローソン大通り2丁目店(和久ビル)前の、《北風に立つ少年啄木像》(1977.9.29設置)。像の制作は本田貴侶。盛岡の菓子舗、丸藤の創立者古稀を祝って建立された(今はローソンになっているが、以前は丸藤の店舗だったらしい)。台座正面には啄木の「新しき明日の来るを信ずといふ 自分の言葉に 嘘はなけれど」の短歌が彫られている。



岩手県民会館・東南角の、舟越保武《はばたき》(1973/ブロンズ)。


岩手県公会堂前の、《原敬先生像》(1951)。制作は山本白雲。


岩手県庁前の、石割桜


与の字橋東詰南側の、《新渡戸稲造先生》(1976.11建立)。制作は高田博厚



盛岡市役所裏の、舟越保武《笛吹き少年(横笛)》(1962.11設置)。初出は第26回新制作展(1962)。展覧会後に、盛岡市役所裏に設置。笛吹き少年は全国に多く設置されているが、横笛を吹いているのは、ここ、盛岡市役所のこの少年だけ。



テレビ岩手・庭園の、舟越保武《杏》(1983/1984.9.1設置)。このときは、朝早すぎて、庭園の中に入れず、近づけなかった。下の写真は、夕方通りかかった際に改めて観覧したときのもの。


もりおか歴史文化館前(旧岩手県立図書館敷地内)の、《教育の像》(1974.2建立)。像の制作は小野寺玉峰。学制発布100周年を記念し、岩手県小学校長会と中学校長会が建立し、岩手県に寄付したもの。説明板によると「新しい世紀に向う岩手の教育を象徴するもの」だとか。


岩手公園(東側)の、《教育記念像》(1955建立/1993.9.26修復・移設)。1955年岩手県職員組合が堀江赳に依頼し、教育と平和の象徴として、岩手公園梅園内に設置。その際に、水泳訓練の際に溺れている児童を助け、殉職した女性訓導の事績を記した顕彰碑(1942年建立。その後、1948年火事で損壊)の一部を台座に埋め込んだ。1993年に損傷が激しくなったこの像が修復復元され(修復は佐藤祐司が担当)、現在地に移設された。



岩手公園(東側)の、《瀬川正三郎先生》(1975.11.23建立)。胸像建設委員会による。制作は舟越保武


盛岡市の消火栓。


岩手公園(本丸址)の、《南部利祥中尉銅像台座》(1908.9設置)。南部家42代当主の南部利祥(としなか)は、日露戦争に従軍し、皇族の盾となって戦死した。その顕彰のため、騎馬像が制作され、盛岡城本丸址に設置されたが、1944年の供出で、あえなく溶解。台座のみが、現在でも残されている。ちなみに、南部利祥像を新海竹太郎、乗馬像を後藤貞行が制作、久野留之助が鋳造を担当した。台座は花崗岩製で、伊東忠太の意匠に基づき、横浜勉が設計、鹿島組が施工した。(なお、戦前の絵葉書数種で、銅像を見ることができる。)



新渡戸稲造生誕の地の、《新渡戸稲造》(1983.10建立)。盛岡市による。像の作者は朝倉文夫。ただし、作者の死後鋳造による。※1935年制作の多磨霊園に設置されている新渡戸稲造像がオリジナル。この像は例によって1944年に供出されたが、溶解を免れ、多磨霊園に戻ることができた。生誕地の新渡戸像が石膏原型(そもそも残っているのか?)から鋳造されたか、あるいは、多磨霊園像からの複製かは不詳。



マリオスロード下広場の、舟越保武《青年》(1983.7.16設置/後に現在地に移設)。当初は、盛岡駅前中央緑地帯に設置された作品で、その後、駅前再開発に際し、現在地に移設された模様。1973年作を手直ししたものとのこと。

  • 御所湖 せっかく盛岡まで来たので、御所湖畔の《シオン》像にも会いに行くことにした。盛岡駅⑩から、岩手県交通バス・繋鶯宿線・鶯宿温泉行き8:55発に乗車。バスは秋田街道(国道46)を東に走り、県道219を左に折れ、つなぎ大橋を渡り、30分強で、繋温泉に到着。620円(パス利用)。御所湖周辺は、広域公園になっているようだが、今回は、バス停近くの緑地公園あたりだけ。温泉以外にはこれといって特に目当てになるものもないようだ。早速《シオン》を観覧。これまでにもいくつかの場所で《シオン》を観ているが、ここは素晴らしいロケーションだ。ちょうど《シオン》像の周囲で造園業者による草刈りが行われていたが、休憩時間にあたり、うまい具合に観覧できた(オレが像を観に行ったら、前に止めてあった車を移動してくれた)。今回は夏の《シオン》だったが、冬の《シオン》も観てみたいなとも。


御所湖とつなぎ大橋。

御所湖の東方向を臨む。



御所湖畔の、舟越保武《シオン》(1978/1980.10.6設置)。抜群のロケーション。雪の時期にも来てみたい。

  • 小岩井農場まきば園 つなぎ温泉10:20発の岩手県交通バス・繋小岩井線・小岩井農場まきば園行のバスに乗車。20分ほどで、到着。490円(パス可)。このバスは季節運行で、一日に1往復しか走っていない。確かに平日とはいえ、乗客はオレ一人(先に乗った盛岡→つなぎ温泉と同じ運転手さんでばつが悪かった笑)。小岩井農場まきば園は、広大な農場内に設けられた、いわばテーマパークのようなところで、芝生や樹木で覆われた敷地に、レストランや遊具、羊の放牧場や乗馬ができる場所などが設置されている。オプションになるが、小岩井農場重要文化財に指定されている建物を回るバスツアーなどもある。入場料(800円)+バスツアー(800円相当)+食券(500円分)が1300円になるキャンペーンをやっていたので、これを利用した(事前に予約が必要)。正直なところ、小さな子ども連れならともかく、まきば園自体はオレ的にはさほど魅力はなかったが、農場の稼働施設で唯一行くことのできる上丸牛舎はおもしろかった。上丸牛舎までは入口付近から歩いて15分ほどだが、行きは入口近くから出ている上丸牛舎無料ライナーに乗った。ゆっくりと走る園内バスで、牛舎までは10分ほど。牛舎近くで、運転手の方から、牛舎の建物などについて、簡単な説明を聞くことができる。牛舎の多くは重要文化財に指定されている。なんでも牛たちは暑さに弱いそうで、放牧は午前中だけとのこと、ちょうど牛舎に到着する頃、牛たちが牛舎に帰っていく様子を見ることができた。防疫のため、立ち入ることのできる場所は限られているが、1箇所だけ、少しだけ牛舎(1号牛舎)に入ることもできた。帰りは徒歩でまきば園まで戻る。遊歩道になっていて、気持ちのいい道筋だった。戻ったところで、少し早いが昼食にする。レストランで、オムライスを食べた。1280円と、まあ、プレミアム価格だが苦笑、食券が使えるので、これでなんとか通常価格笑に。味の方はまあまあかな。次のバスツアーまで、木陰で一寝入り…
  • 次は「小岩井農場めぐり(重要文化財コース)」。45分ほどで、小岩井農場内の重要文化財に指定された施設を観て回る。残念ながら、(上丸牛舎以外は)バスの車窓からのみの観覧だが、要領のよい説明もあり、興味深く回ることができた。停車位置は4箇所。最初に、本部事務所、本部第一倉庫、本部第二倉庫、乗馬厩、倶楽部。次は四階倉庫(これが壮観)、旧耕耘部倉庫、玉蜀黍小屋一、玉蜀黍小屋二、玉蜀黍小屋三、玉蜀黍小屋四。3箇所目が天然冷蔵庫(山をくりぬいて、自然の冷蔵庫にし、乳製品などを保存した)、最後に先ほども訪ねた上丸牛舎と回る(一号牛舎、二号牛舎、三号牛舎、四号牛舎、種牡牛舎、一号サイロ、二号サイロ、旧育牛部倉庫、秤量剪蹄室)。建物は、明治末から昭和初期に建てられたもので、一部を除き、今も現役で稼働している。


上丸牛舎。


上丸牛舎。


上丸牛舎。三号牛舎。長さが100m近くある。ここでは、生まれた仔牛を育てる牛舎だそうだ。


上丸牛舎。一号サイロ(奧/1907[明治40])と二号サイロ(手前/1908[明治41])。現在は使われていないが、昭和50年代までは現役だったとのこと。


上丸牛舎。遊歩道から。


宮沢賢治詩碑」。「すみやかなすみやかな万法流転のなかに 小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が いかにも確かに継起するといふことが どんなに新鮮な奇蹟だらう 宮沢賢治」。「春と修羅」に収められた「小岩井農場」(パート1)から。上丸牛舎の近くに設置されている。


昼食はこれを食らう。


まきば園の消火栓


最後に牛乳を1本飲んだ。上丸牛舎一号牛舎の乳牛からとられた牛乳のみを使ったものだとか。園内でしか、飲めないらしい。

  • 都南の舟越保武 小岩井農場まきば園14:40発の岩手県交通バス・小岩井観光線・盛岡駅行きに乗車。これはノンストップで盛岡駅まで行く観光路線。30分ほどで到着。700円(パス可)。少し時間をつぶして、盛岡駅前⑭から16:00発の岩手県交通バス508川久保線・都南総合支所前行きに乗車。県道16→国道4を経て、岩手飯岡駅入口交差点で右折。30分強で終点の都南総合支所前バス停に到着。420円。途中、盛岡バスセンター近くで車窓から野外彫刻を見つける。総合支所前の舟越保武作品と都南文化会館・都南公民館前の佐藤忠良作品を観覧。コンビニでおやつを買って、中央公園でひとやすみ。戻りは、岩手飯岡駅からJR東北本線で盛岡に出るつもりでいたが、先ほどの車窓から観た女性像が気になり、帰りもバスで戻ることにする。17:10発盛岡駅行きに乗車。25分弱で盛岡バスセンターに到着。ここで下車。350円。岡村茂直という彫刻家の作品だった。




盛岡市都南総合支所前の、舟越保武《鳩もつ少年》(1985設置)※1963年制作のものを手直しした作品。


都南中央公園の噴水。といっても、故障?か、費用節減?かはわからないけれど、水は出ていなかった。巨大な岩組で、おもしろげだったのだが…


都南文化会館・都南公民館前の、佐藤忠良ジーンズ》(1990)


都南の消火栓


盛岡市中ノ橋106ビル前(西南角)の、岡村茂直《画家の娘、サラ》(1994)。

  • これで、今回の旅行の予定はすべて終了。時間にまだ余裕があるので、歩いて盛岡駅まで戻ることにした。途中、岩手公園や朝がたには入れなかったテレビ岩手の庭園などを再訪。途中で、適当な夕食を適当に食らうなど。今回の旅行は、天気は悪くなかったのだが、雲がかかったり、かすんでしまったりで、岩手山を見ることができなかったのだが、最後の最後、開運橋を渡る際に、うっすらとそのシルエットを見ることができた。
  • 帰りの新幹線はやまびこ58号、盛岡19:40発。これもトクダネ35で取れた。東京には22:56着。乗客はあまり多くはなかったが、打鍵公害があり、ちとあれだったのが残念。飛行機の国内線では打鍵公害はほとんどないのだが、新幹線ではまずまちがいなく打鍵公害に悩まされる苦笑 京葉線に乗り換えて、24:00前には無事に帰宅。