かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

小樽


祝津パノラマ展望台より

  • 小樽と美唄岩見沢に行ってきた。小樽は3回目だが、今回は野外彫刻をまとめて探る。美唄岩見沢は春にも一度訪ねているが、その時はまだ雪が積もっていたので、雪のない時期に今一度来てみたいと思った(春の日記はここ)。この再訪でそれを果たした次第。併せて、野外彫刻のガイドブックで知った奈井江がわりと近いと知り、2日目の早朝に短時間だが立ち寄った。
  • 最寄り5:30発のリムジンバスで成田空港に向かう。T3には少し遅れて、6:40過ぎに到着。早速、保安検査場を通過し、出発ゲートの164に移動。今日、搭乗するのはジェットスターGK105、成田空港、8:05発の予定。7:45頃、搭乗が始まり、だいたい予定どおりのフライト。新千歳空港には9:30過ぎに着陸。9:45頃には到着ロビーに出た。なかなか順調だ。JRのりばに移動して、10:00発小樽行きの快速エアポートに乗車。ダイヤどおりの11:15、小樽に到着。
  • 今回は、小樽を自転車で回ることにした。歩くには距離があるし、とびとびにいろいろなところを回るので、バスだと乗り換えが面倒になる。昨日、ネットで見つけた、小樽観光レンタサイクル・COTARUというレンタサイクルに予約を入れておいた。ここの自転車はすべて電動自転車で、1日1000円(キャンペーン中。他に保険料200円が必要)だった。駅から歩いて5分強のアーケード街のはずれに店がある。ここまで歩いて、自転車を借り出す。受付を済ませ、観光マップをもらい、さあ、出発。自転車は新しく、乗り心地がいい。当たりかな。
  • 小樽公園の野外彫刻 まずは小樽公園周辺の野外彫刻を探る。このあたりは観光地ではないので、観光マップの類にはほとんど情報がない。なので、事前に調べておいた、グーグルマップの画像を参照しつつ、というか予習時の記憶をたよりに、目的地に向かう。土地勘がなく、この道で大丈夫かなと、思いつつも、10分ほどで、到着した。小樽に限らず、いつもこんな感じだが、これがオレのサイドエフェクト笑 市役所本庁舎→市立小樽図書館→小樽公園→小樽市総合体育館→小樽市民会館とこのあたりの野外彫刻の類を観て回る。ひとわたり回ったところで、一天にわかにかき曇り、雨が降り出す。慌てて、市民会館のファサードに逃げ込み、雨宿りをする。ええっ、今日は天気がいいはず、降水率10%だったじゃん… 遠くの方は晴れていたし、実際、15分も待つと雨は小降りなった。で、次の目的地に向かって、出発。


見晴らし台にあった公園案内図。像や碑の類の位置が書かれていた。公園が広いので、像が見つけるのに時間がかかりそうだったが、この案内図ですぐに見つけることができた。もっとも、この案内図を見つけるまで、けっこう時間がかかったが…

見晴らし台からの眺め


小樽市役所本庁舎・中央階段踊り場の、斉藤吉郎《故郷小樽運河を想う》(1997.8.2設置)。国際ソロプチミスト小樽が認証20周年を記念して寄贈。斉藤吉郎(1911-2000)は小樽市出身の彫刻家。構造社研究所で斎藤素巌に師事、戦前は構造社、戦後は日展で活動した。


小樽市小樽図書館の、鈴木吾郎《十月の女》(1983.秋設置)。個人の寄贈。


小樽公園の、一原有徳《炎》(1984.8.18設置)。施工は打越鉄工所。小樽中央ライオンズクラブが25周年記念に設置。


小樽公園の、《ラジオ体操ひろば(の像)》(1978.10設置)。ラジオ体操制定50周年を記念して、郵政省簡易保険局、日本放送協会、全国ラジオ体操連盟が設置。作者は不詳。ラジオ体操の像は全国にいくつぐらいあるんだろう?


小樽市総合体育館前の、二部黎《野に躍る》(1989.8.26建立)。鋳造は株式会社木下合金。小樽中央ライオンズクラブが、はまなす国体体操競技の開催と、クラブ創立30周年を記念して建立・寄贈。


小樽公園の、斉藤吉郎《少女の像》(1954.9設置)。昭和天皇の小樽訪問を記念して、作者が寄贈。


小樽公園の、「顕誠塔」(1923[大正12].5建立)

  • 花園グリーンロードの野外彫刻 続いて、小樽公園の西側にある花園グリーンロードという公園?に行ってみた。小樽市立花園小学校の西側から始まり、国道5号線と交差し、さらに3ブロック先の行き止まりまで続く細長い公園。国道5号線の西側ブロックにいくつか野外彫刻があった。


鈴木吾郎《春陽 太陽の女》(1984/1984.春設置)。台座に「春陽」、像の足下に「太陽の女」とタイトルが記されている。建立時のタイトルと像自体のタイトルが異なる例。わりとよく見かける。また、鈴木吾郎はサインの他に制作年とタイトルを明記することが多い。1982-83年に開催された国際ロータリークラブ第251地区年次大会記念(ホスト:小樽ロータリークラブ)が設置。


《なかよし》(1983.7.3設置)。作者は不詳。国際ソロプチミスト小樽の寄贈。

  • 小樽運河周辺の野外彫刻 中央橋付近はさすがに観光客が多いが、北に進むに従って、人はどんどん少なくなる。お腹が減ったので、途中で仕入れたお弁当を運河公園で食べ、休憩する。日射しがあり、暖かい。最初に小樽に来たときは冬で、この公園にも来たのだが、一面の雪の原だった。公園の横に2棟の建物があり、冬期でも遊べるように、中に遊具が設置してあった。中野五一の肖像彫刻も2基あったが、これは別の項で紹介。


中央橋の、鈴木吾郎《ひびき》(1987.8設置)。小樽ライオンズクラブ創立30周年記念、小樽ライオネスクラブ創立10周年記念による寄贈。


中央橋付近の会社の壁面にあったレリーフ、《海の精》。作者などは不詳。


竜宮橋の近くの、高橋剛《友達》(1986.3竣工)。小樽市による。


北浜橋の、斉藤吉郎《カモメを呼ぶ少女》(1990.3設置)。銘板では「斎藤」と表記。日本宝くじ協会の寄贈。


運河公園の、《赤い靴 親子の像》(2007.11.23設置)。作者は? 「赤い靴・親子の像」建設委員会の呼びかけにより全国から寄せられた募金により建立。

  • 祝津パノラマ展望台 小樽市総合博物館近くのホームセンターの駐車場から小樽港を眺めていたら、そういえば前回来た時は祝津まで行って、鰊御殿や灯台などを観て回ったが、バスの時間で祝津パノラマ展望台には行けなかったことを思い出した。自転車だとここからどれくらいで行けるだろうか。往復で1時間ぐらいならなんとかなる。ということで、自転車を走らせることにした。海沿いの道を走り、長短のトンネル3つ抜け、祝津地区に入る。心持ち、海の香がする。そのまま、水族館の横を抜け、坂道にアタックをかける笑 まあ、電動自転車なので、急坂もなんのそのなのだが…ということで、祝津パノラマ展望台に到着


これはホームセンターの駐車場からの眺め





祝津パノラマ展望台からの眺め


祝津の背の高い消火栓

  • 手宮線跡 手宮線は南小樽手宮小樽市総合博物館のあるあたり)を結んでいた路線で、北海道で最初の鉄道である官営幌内線手宮-札幌-幌内)の一部として1880年に開業したが、主に貨物線として石炭や海産物を運んだ。1985年に廃止され、今は一部区間が遊歩道として整備されている。


「北海道鉄道発祥の地」モニュメント(1988.9.2設置)

このモニュメントを起点に、南に向かう旧手宮線跡が遊歩道になっている。

  • 小樽市立美術館・文学館 旧手宮線跡の遊歩道を自転車を押しながら、ぶらぶらと歩き、跡地の南端近くの、小樽市立美術館・文学館までやってくる。裏庭の鈴木吾郎作品を観覧し、美術館と文学館に立ち寄るつもりだったが、昨日今日と臨時休館で閉まっていた。残念。


鈴木吾郎《少女十六歳》(1976.11/2013.10.1設置)。小樽ロータリークラブが創立80周年を記念して寄贈。

  • 小樽市民センター・マリンホールのエントランスロビーの彫刻など 最後に小樽市民会館マリンホールに立ち寄る。ここは野外彫刻ではなく、館内のエントランスロビーに彫刻などの作品が設置/展示してあった。


鈴木吾郎《YUKA》(1990.5/1990.11寄贈)。おたるに文化ホール建設を願う市民の会の寄贈。


斉藤吉郎《凝視》(1995)


《太平洋の潮 PACIFIC TIDES》(2010.7寄贈)。姉妹都市関係30周年を記念して、ニュージーランドダニーデン市民より小樽市民に寄贈されたもの。


一原有徳《OLD TOWN》(1994.11)。

  • 中野五一の肖像彫刻:小樽編 中野五一(1897-1978)は富山県高岡市出身で、その後、小樽に移住した。小倉右一郎に師事し、戦前は構造社、戦後は日展で活動した。小樽の他、戦時中に疎開した北見など、北海道各地に多くの野外彫刻が設置されている(顕彰系の肖像彫刻が多い)。今回小樽を見て回った中にも、政治家、財界人や技術者などの顕彰系の肖像彫刻が5基あった。以下にまとめておく。


小樽市役所前の、《土肥太吉翁》(初代像1932.8設置)。現在の胸像は二代目。初代像は1932年8月に寿像として設置されたが、第二次世界大戦中の金属供出で溶けて消えた。戦後、1954年5月に二代目の胸像が復元・再設置された。


小樽市文化会館前の、《藤山要吉翁像》(1958.6設置)


運河公園の、《工學博士廣井勇君之像》(初代像1929設置)。現在の胸像は二代目。初代像は1929年に小樽公園内に建立。例によって、1944年に供出された。その後、1953年11月3日、二代目像が再建、小樽公園内に設置された。その後、1999年に運河公園に移設された。廣井勇(1862-1928)は、高知出身の土木工学者で、主に北海道の港湾改良と築港工事に携わった。小樽築港第一期工事は廣井の指導によるもので、日本の近代港湾建設技術を確立し、世界に高く評価された。


運河公園の、《正四位勲二等 伊藤長右衛門君像》(初代像1941設置)。現在の胸像は二代目。初代像は1941年に小樽公園内に建立。これまた、1944年に供出されたが、その後、1953年11月3日、廣井勇像とともに再建され、小樽公園内に設置された。1999年に運河公園に移設された。伊藤長右衛門(1875-1939)は、廣井勇の後継者として、小樽築港第二期工事に携わった。


小樽市総合博物館前の、《ジョセフ.U.クロフォード之像》(1956.6.10設置)。クロフォード技師銅像建設期成会による。ジョセフ・ユーリー・クロフォード(1842-1924)はアメリカ・ペンシルヴェニア州出身の鉄道技術者。1878年開拓使の招聘により、北海道の鉄道敷設事業に携わるべく来日。北海道初の鉄道である手宮・札幌間の幌内鉄道(1880年[明治13])の敷設を、技師長として指導した。1981年、任期満了により離日。

  • 小樽市民センターの彫刻を探った後、駅前に戻り、自転車を返却する。ちょっと疲れた。コーヒーでも飲んで一休みしたいところだったが、駅の改札口をのぞいて、電車の時間を確認したら、16:40発の岩見沢行き区間快速いしかりライナーがホームに入っていた。これだと、時間はかかるが、乗り換えなしで、岩見沢まで行けるので、これに乗ることにした。札幌で長々と停車して、岩見沢には18:21に到着。夕食をゲットした後、ホテルにチェックイン。本日宿泊したのは、岩見沢ホテル4条というビジネスホテル。5Fの禁煙部屋で、設備などは特に難はなし。素泊まりで5000円ちょっと。明日も早いので、風呂に浸かり、早々に寝入る。


おやすみ。また明日。