かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

長崎

  • 7:30頃、起床。身仕度をして、1Fで朝食。前回来た時は、冷え切ったおにぎりなど、ちょっとおいしくなかったのだが、品数などは相変わらずだが、だいぶ改善されていた。一度部屋に戻り、一休みしてからチェックアウト。雲が重く垂れ込めているが、まだ雨は降り出していない。TVの天気予報によると、降水確率は50〜60%ほど。午後から降り出すらしい。9:00前にチェックアウト。まず近場の中島川沿いにある野外彫刻を下流から眼鏡橋あたりまで順に観て回ることにした。
  • 中島川沿いの野外彫刻


十八銀行本店前の、流政之《なんばん えびす》(1977.9設置)。十八銀行は創立100周年記念に「長崎開港の由来にちなみよろず繁盛のシンボルとして」設置。


銕(くろがね)橋の、エミリオ・グレコ《水浴の女》(1964)。《水浴の女》も人気作でいろいろなところに野外彫刻として設置されている。《水浴の女》は連作シリーズ(7作あるらしい?)で、長崎市のは《水浴の女》とのみ題されていたが、《水浴の女(大)No.7》といったように(大)やナンバリングがついているものもある。データが集まったら、整理してみたい。


親和銀行・長崎営業部前の、少女像。作者などは不詳。植え込みで見えなかったが、ことによると足下に銘板があるかも。


中島川公園(西端)の、清水崑《ぼんたくん》(1992.10.6建立)。制作チームは、原作:清水崑、監修:清水恒子、像制作:安藤士、松平実。


眼鏡橋


眼鏡橋のほとりの、《黙子如定之像》(1995.6)。制作は山﨑和國。山﨑和國(1934-2018)は長崎県西彼杵郡高島町出身の彫刻家。長崎中央ライオンズクラブがCN30周年記念に設置。黙子如定(もくすにょじょう・1597〜1657)は、江西省出身の禅僧で、1632年(寛永9)に来日し、興福寺に入寺。初代住持の真円の没後、2代住持となった。1634年には、眼鏡橋(わが国最初のアーチ型石橋)の建設指導をした。山﨑和國は昨日、梁川橋上の彫刻を見ているが、この黙子如定像も山﨑によるものだった。風頭山の坂本龍馬像など、他にも近くに山﨑和國制作の像があるようなので、立ち寄ることにした。検索:山崎和国

  • 興福寺風頭公園→若宮稲荷神社 最初の予定では、眼鏡橋電停から路面電車で石橋に向かうつもりだったが、黙子如定像を観たこともあり、興福寺を拝観することにした。興福寺は江戸時代初期に創建された長崎三福寺の一つ(興福寺・福済寺・崇福寺の三寺)で、1624年(寛永元)、中国僧の真円により創建された。本堂の大雄宝殿は、国の重要文化財に指定されている。山門のところで、受付を済ませ、堂宇を一つ一つ見て回る。拝観料300円。これで長崎三福寺はひととおり拝観した。次は風頭公園に向かう。案内板をたよりに、興福寺の前の道を少し北に進んでから東に折れ、急峻な階段を上る。この通りは龍馬通りと呼ばれているらしく、ところどころに龍馬に関わる人物の紹介板などもあった(中でも、頭巾を被った若き日の陸奥宗光の写真がなんだか鞍馬天狗みたいでオレ的に受けた笑)。しばらく上ると、亀山社中跡に出た。記念館などもあるが、今回はパス。近くの《龍馬のぶーつ》を観つつ、ベンチで一休み。さらに急坂を上り、風頭公園に向かう。それにしても、この辺に住まう人は毎日こんな道を歩いているのか、と感心していたら、広い自動車道路に行き当たった。そりゃそうだよな、自動車だよな、と妙に納得笑 ようやく風頭公園に到着。息が切れたのにはまいった。早速、山﨑和國による龍馬像を観覧し、続いて、展望台から長崎の眺めを楽しむ。なかなかの絶景。ひとわたり見たところで、山を下りる。帰りは龍馬通りではなく、別の道を歩いてみた。案内板に龍馬像の原型?があるとのことだったので、若宮稲荷神社に立ち寄ることにした。途中で、郵便配達のおにいさんに出会うが、大きな道はバイクで移動しているようだが、戸別の配達はどうしても徒歩になるようで、急な階段を上ったり、降りたり、たいへんそうだった。細い道を縫うように歩き、長崎市民会館前の魚の町公園を再訪。電車通りを挟んだ向こう側の公会堂前公園が気になっていたのだが、前回同様、いまだ工事中?で、仮設壁に囲まれていて、中には入れなかった。



興福寺大雄宝殿。国指定の重要文化財。1883年(明治16)の再建。

興福寺の魚板。日本に唯一残る明代のものだとか。雌雄二魚あり、写真はそのうちの雄?の方。



長崎市亀山社中記念館近くの、亀山社中創設130周年記念碑《龍馬のぶーつ》(1995.10.28除幕)。制作は山﨑和國。「亀山社中ば活かす会」による設置。ブーツの中に足をいれて、立つことができるようになっている。


風頭公園の、《坂本龍馬之像》(1989.5.3建立)。制作は山﨑和國。「龍馬の銅像建つうで会」(現・長崎龍馬会)による。


若宮稲荷神社境内の、《坂本龍馬之像》(1991.11設置)。制作は山﨑和國。風頭公園の像のエスキースを鋳造したもの。作者の寄贈により、「亀山社中ば活かす会」が設置。


若宮稲荷神社境内の鳥居。

  • 魚の町公園 ここは再訪(前回の記事はここ)。以下の2像を掲載。他に肖像彫刻が1基あるが、省略。


富永直樹《平和の叫び》(1968)。初出は1968年・第11回日展で、文部大臣賞を受賞した。作者の談によると、本作の頃から習作から創作へと転換できた、とのこと。


北村西望《花吹雪》(1961/1974設置)

  • 長崎県美術館・屋上庭園の野外彫刻 市民会館電停(以前は公会堂前という名称だった)から路面電車に乗り、石橋電停まで移動。オランダ坂を上り、みさき道を歩く。お気に入りのルートだ。湊公園を抜け、次の目的地の長崎県美術館に向かう。雨が降る前にと、まず屋上庭園を再訪し、野外彫刻を見て回る。長崎県美術館には、富永直樹作品が多く収蔵されている(本人や遺族が多く寄贈しているようだ)。常設の展示室はないものの、屋上庭園に3基、1Fに初期の首像が3基、2Fに《塗る男》(1949)が設置されていた。


富永直樹《クスコの少女》(1983)。初出は第15回日展


富永直樹《荒海の男》(1969)。初出は、改組第1回日展


富永直樹《新風》(1971)。初出は第3回日展日本芸術院賞を受賞。


北村西望《花吹雪》(1961)。《花吹雪》は布・波ありと布・波なしの2系統ある。県美・屋上庭園は波なしバージョン。布・波ありは、先ほどの魚の町公園にあった。

  • 長崎県美術館 企画展「クアトロ・ラガッツィ 桃山の夢とまぼろし 杉本博司天正少年使節が見たヨーロッパ」とコレクション展を観覧。企画展には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 世界文化遺産登録記念」の冠がついている(2018年6月30日、第42回世界遺産委員会で登録が決定)。クアトロ・ラガッツィ=天正少年使節がヨーロッパへの旅の途中で観た(であろう)光景を、杉本博司作品と関連の諸資料などで構成した展覧会。杉本作品は既存の作品もあるが、天正少年使節を意識して撮られた作品も多数。章立てのつなぎに使われている海景シリーズが効果的で、その画面に刻印されている時間の深さが強く印象に残る。終盤の、マカオで制作され、現在ローマのジェズ教会(イタリア内務省宗教建造物基金)に収蔵されている3枚の殉教図の、技術的にはナイーブだが、目を覆いたくなるようなリアルさにも圧倒されてしまった。南蛮文化館収蔵の資料も多く出ていたなと。コレクション展は、新収蔵展、須磨コレクションを中心としたスペイン絵画、そして、「舟越保武 長崎26殉教者記念像のためのドローイング」を観覧。
  • 西浜町電停・三角広場の黒川晃彦 実は朝も立ち寄ったのだが、喫煙所になっているため、いつも何人かの人がベンチに座っていて、写真が撮れない。午後、通りかかったら、雨のためか、さすがに人もいず、こうして写真を撮った次第。




黒川晃彦《安息の日》(1992)


流政之《よか獅子》(1988)。前回、諏訪神社に立ち寄った際は気づかなかった。それにしても、流政之、どこにでもいるよな。長崎では、最初に掲載の《なんばん えびす》の他に、長崎県美術館の常設展(中庭)でも、1基観覧した。


北村西望《神馬》(1985)。こちらは再掲。

  • 日本二十六聖人記念館 今回の長崎旅行の最後に日本二十六人聖人記念館を訪ねることにした。雨の中、諏訪神社から長崎公園、長崎歴史文化博物館を抜け、山裾の道を歩き、15分弱で到着。途中、聖福寺や福済寺にも立ち寄りたいところだが、記念館の開館時間もあり、先を急ぐことにした。西坂は、1597年(慶長元)に26人のカトリック信者が殉教した地で、戦後、復興事業の一環として公園として整備された。1956年には長崎市により史跡に指定され、1962年には公園内に、記念碑と記念館が、イエズス会によって建てられた。記念館と隣接の聖フィリッポ教会は今井兼次の設計。記念碑の正面、二十六聖人の肖像レリーフ舟越保武の作、裏面は今井兼次による《長崎への道》という二十六聖人が捕らえられた京都から長崎まで1ヶ月かけて歩かされた道のりを示す作品になっている。館内は、二十六聖人の殉教、日本のキリスト教の歴史、キリシタン文化などの紹介を核とした展示になっている。舟越保武《長崎二十六殉教者記念像》のエスキースやデッサン、舟越保武高山右近》、澤田政廣《聖パウロ三木》(1962/木彫)なども展示されていた。


  • 観覧を終え、外に出てみると、雨天のせいもあってか、だいぶ暗くなっていた。これで今回の旅行は終わりとする。駅前で一休みしようと思うが、スタバなどどこもかしこも席が埋まっているので、めんどうになり、少し早いが、空港に向かうことにした。16:55発のバスに乗車。17:40頃に空港に到着した。1000円。帰りの飛行機は、JAL616便、長崎20:30→22:00羽田の予定。JALは久しぶりだな。空港では、本など読んで時間を潰す。出発は少し遅れて20:35発。フライトは順調で、22:00過ぎに羽田に着陸し、22:10過ぎには到着ロビーに出た。22:25発のバスに乗ることができた。23:30頃、無事に帰宅。