花瀬望比公園 彫刻放浪:鹿児島(2)
入野駅から花瀬望比公園に向かう途中で見た開聞岳
- JR鹿児島中央駅のクレカの使える券売機で入野までの乗車券を購入。1310円。指宿枕崎線では喜入まではICカードが使えるようだった。12:04発の枕崎行き各停に乗車。2両編成の気動車で、ワンマン運行だった。時刻表どおり13:49に入野駅に到着。車内では、窓外の景色に見入ったり、うつらうつらして過ごす。指宿の手前の駅で高校生がたくさん乗ってきたが、彼ら彼女らも指宿までの数駅でみな降りていった。
- JR入野駅から花瀬望比公園まで徒歩で移動。25分ほど。前半は正面に開聞岳を見つつ、集落の中を歩き、後半は開聞岳の麓、畑の中の道を歩く。天気がよく、とても気持ちがいい。迷うほどの道のりではなかったが、予習も効いて、無事に到着。
- 花瀬望比公園 1966年8月、比島戦没者遺骨収集並びに慰霊碑建立期成会が結成され、遺骨収集を無事に果たし、現地での慰霊の他、1968年春には、花瀬海岸で遺骨の一部を象徴骨として祀る慰霊碑の除幕式と慰霊祭が執り行われた。その後、慰霊のための整備が進む過程で、花瀬公園から現在の花瀬望碑公園と改称し、第2次世界大戦の戦没者鎮魂と世界平和を祈念する地として、現在に至る(主に公園で入手のパンフを参照)。
花瀬望比公園に向かう。寄進された多くの石灯籠が立っている。
公園の名標
比島戦没者慰霊碑。慰霊碑に用いられたヘルメットや機関銃は比島で遺物として収集されたものとのこと。
《比島戦没者慰霊碑 死生の扉》[死生の扉](1968)。制作は中村晋也。最初にこの慰霊碑が建てられ、その後、少しずつ諸像が設置されていったようだ。
《比島戦没者慰霊碑 戦士の像》(1972)。制作は中村晋也。
《母と娘の祈り》[想比之像](1991)。制作は中村晋也。
《面影の像》[殉国戦士面影の像](1996)。制作は中村晋也。
「安らぎ之鐘」
園内には、仏像や仏塔もいくつか立っていた。
- 15:00前くらいに公園を後にする。暖かいいい天気で、あんまり気持ちがよくて、のんびり歩いていたら、バスまで時間がないことに気づき、慌ててバス停に向かう。