高橋松亭(弘明) 版画の世界 [後期] (大田区立郷土博物館)
明治末から昭和初にかけて,主に渡邉庄三郎/渡邉版画店のもとで,絵師として数多くの版画制作に携わった高橋松亭/弘明(1871〜1945.大正10[1921]に弘明と改名)の作画活動をたどる展覧会です.
展示品は版画の絵師となる以前の挿絵・口絵の仕事に始まり,渡邉版の「新作版画」・新版画,他版元による版画,掛幅・原稿などになります.
「新作版画」は江戸時代の浮世絵版画を複製した「複製版画」に対するもので,新版画に先行して出されました(新版画の制作が始まった以後も並行して出される).主に輸出用で,そのため,エキゾティックな日本を強調した内容でした.つまり,同時代の日本を描くというよりも,むしろ江戸時代の生活や風俗を背景にした日本の風景を江戸時代の浮世絵版画のイメージに基づいて,半ば定型的に描いたものになります.また,手軽に求められるように新版画に比べると小さなサイズの廉価版だったようです(新版画は大判の高級品).「新作版画」によって経済的基盤を得た渡邉庄三郎がより作家性の強い芸術作品としての新版画を志す,という流れになるようです.
高橋松亭の作品は,川瀬巴水らに比べると,全体的にちょっと地味かな,という印象でした.また,人物などちょんまげを結っていたりして,同時代ではなく「江戸時代」を意識した画面はことさらエキゾチシズムを煽るためのもののようでした.「新作版画」の中では藍摺りのものや,人物を黒いシルエットに描いたものが印象に残りました.また,渡邉版の新版画,「都南八景」シリーズ(大正10〜11年)や「雪月花」シリーズ(大正11年)はさすがに色合いも美しく,震災後に出された新版画のうち,背景を黒くしたいくつかの作品などにも惹かれるものがありました.その中では大正15年6月の《白猫(たま)》がいいですね.赤い襟巻き(?)をして,猫座りするたまチャンの表情が大変よろしい.Shotei Galleryによると,この作品には色が違ったり,向きが違ったりするヴァージョンがあるようです(全部で3種類).(...って,間違えました.たまチャンはカタログで見たのでした.黒背景の新版画は後期日程でも展示してありましたが,たまチャンは前期でした.失礼!)
カタログを見ていたら,大正10年(1921)の渡邉版画店の作家別版画価格が出ていました.それによると「高橋松亭・伊藤総山1円50銭、川瀬巴水・笠松紫浪3円、伊東深水5〜8円(高価品25円)、吉田博20円、カラペリー10〜30円、バートレット30〜50円」となっています.ちなみに米10kgが3円4銭(大正11年)だとか.高橋松亭の価格は「新作版画」でしょうから,価格からして廉価版ということがわかります.外国人作家のものが特別価格になるのは仕方がないとして,吉田博もなかなかの高級ぶりですね.
無料の展覧会なのですが,見応え十分でした.とくに展示されている作品量がかなり多く,前期・後期あわせて400点超!
【メモ】 大田区立郷土博物館 会期:2005.10/23〜12/4(前期:〜11/13,後期:11/15〜)
Shotei Gallery http://www.shotei.com/ ※高橋松亭の研究家,マーク・カ−ン氏によるサイトです.カタログには松亭の作品がほとんど網羅されていたりして,すごいことになっています.敬意!