かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

国東半島芸術祭(4) 飴屋法水「いりくちでくち」

(集合 大分空港)
(休憩 道の駅くにみ)
プロローグ 伊美港/姫島行フェリー乗り場 ※国東高校双国校の7人の高校生による挨拶
第1ポイント 松ヶ尾隧道 ※蝙蝠の眠れる集落と夢
第2ポイント 有限会社大地・浜の処理場 ※500人と100人。木のかけらを拾う。
第3ポイント 安国寺集落遺跡公園(昼食) ※弥生時代の家族、国東の家族。
第4ポイント (国東町来浦)中村地区の坂 ※鬼の道
第5ポイント 千燈地区・砂防ダム周辺
(休憩 湯の里渓泉)
第6ポイント (岩戸寺)三十仏 ※木のかけらに七曜を書く。
第7ポイント (豊後高田市)界の屋敷(夕食) ※2Fの映像インスタレーション
エピローグ 真玉海岸 ※チューバの響き、燃える木のかけら。
(解散 大分空港)

大分空港で受付を済ますと、順次、バスに乗車する。バスは指定席。簡単なタイムテーブルを渡される。タイムテーブルには、場所は記されていない。〈出来事〉が終わり、再びバスに乗車する際に、簡単な指示や注意が記された次の場所の地図が手渡される、とのこと。
乗客全員が揃ったので、定刻の3分前にバスは出発。バスは大分交通のチャーターバス。運転手の方は、当然ながら運転がうまく、この日1日を通して、丁寧な対応をしていただいた。バスが走り出すと、添乗のスタッフの自己紹介と挨拶がある。
時間調整とトイレ休憩を兼ねて、道の駅くにみで停車。乗客は売店を物色したり、たばこを吸ったり、出発まで思い思いに過ごす。天気がよく、海が見える景色、岬が折り重なって見える景色を楽しむ。10月に来たときに比べて、紅葉の色が濃く、美しさが増している。


【伊美港/姫島行フェリー乗り場】
バスは今日のツアーのプロローグの場所、伊美港にやってきた。バスが到着するのを待ちかねたかのように、姫島行のフェリーがちょうど出航する。ここで、最初の下車、最初の〈出来事〉。
フェリー乗り場の前に国東高校双国校の3年生7人が立っていて、僕たちを出迎えてくれる。彼ら彼女らを通して、僕たちは今日、国東の人や土地を知ることになる。同じくここで僕たちを待っていた飴屋さんに促されて、7人が自己紹介。名前、進路や夢、国東への思い。その中の2人が少し詳しく話してくれる。最後の「みなさんがこの国東に来ていることが私には不思議です」ということばがそれこそとても不思議な感じで自分の中に残る。
バスに再び乗る際に、次の場所の地図と黒い肩掛け袋を渡される。
飴屋さんは緑色のコートを着ていた。


【松ヶ尾隧道】
次の〈出来事〉は、松ヶ尾隧道。隣に新しいトンネルができたので、使われなくなったトンネル。トンネルの入口の前に、くるみちゃんが一人立っている。何かが始まるというちょっとした予感と興奮。
僕たちは、飴屋さんの指示でゆっくりとトンネルの中を歩く。遠く出口から差す光を目当てに歩く。ざらざらとした側壁を触ってみる。
中程で、飴屋さんが小さなライトで天井を照らす。そこには、小さな蝙蝠たちが寄り添って眠りについている。夢見る蝙蝠の集落。トンネルの天井のあちこちにそんな集落がある。大きな塊、小さな塊、中には1匹だけ群れから離れて眠っているものもいる。そんな、一匹の蝙蝠を飴屋さんがゆらゆらとゆする。蝙蝠は死んだように起きようともしない。後で聞いた話だが、蝙蝠は冬眠に向けて体温を下げていて、危険が迫ってもすぐには動くことができないそうだ。どんな顔をして眠っているのだろうか? でも、広げた翼で顔が覆われているのでよく見えない。
トンネルの出口で飴屋さんが白チョークで壁に何か文字を書いた。「人間最後のバンサン 自転車に乗るのが私の夢」。もう少し先で、今度は地面に「冷蔵庫→」と書いた。矢印の先に目をやると、沢の向こうの木々の間に壊れた冷蔵庫が何台か人のように倒れている。


【有限会社大地・浜の処理場】
バスは海岸沿いを少し走って曲がる。そこは廃棄物が小山のようになった浜の処理場。ここでバスを下車し、高校生の話を聞く。
国東(市)には約3万人の人が暮らしているが、昨年、500人の人が亡くなり、100人の子どもが生まれた、という。このままいくとどれくらいで国東から人がいなくなってしまうのだろう? 浜の処理場では、住む人のいなくなった家が解体され、ここに集められ、分別され、そして、積み上げられている。廃材は細かくチップにされ、堆肥となる。人のすみかは地面に返る。人が住んでいた、そこで生きていたという記憶はどうなるのだろうか? 堆肥となる過程で、チップは発酵し、湯気を上げるという。この日は晴天の暖かい陽気だったので、湯気は見えなかった。また、片隅に畳が山と積まれている。一部はすでに溶けたようになっている。この畳の山の中だけで、一つの生態系ができているとも聞いた。
僕たちはこの浜の処理場を歩きまわる。廃材の山の向こうには静かな海が青く見える。廃材の山の上も空がどこまでも青く輝いている。その山の中から、僕たちは木ぎれを一つ持ち帰る。中には、木ぎれとも言えない大きな切り株を持ち帰る人もいる。これからの一日、木ぎれは僕たちとともにあることになる。
〈出来事〉の場所では、たとえば「ここの地面は海抜約3m」というように書かれたボードが立てられている。海は、当然あの場所ともつながっている。だから、津波や洪水はこの場所にも押し寄せてくるかもしれない。


【安国寺集落遺跡公園】
昼少し前、バスは安国寺集落遺跡公園「弥生のムラ」にやってきた。僕たちは、少し歩いて、公園内に入る。池(大溝)の畔には、遺構の上に、弥生時代の家や倉庫が復元してある。復元といっても、ほとんどは人の想像したものだ。家と倉庫が一組で、それが4棟ずつ。この他に集会所が1棟、建てられている。
高校生2人が話してくれる。彼ら彼女らの話は、自分の家に及び、間取り図を用いた話となる。7畳の自分の部屋。さらに、自然の成り行きとして、家族のことも。国東の高校生の家族。ここに住んでいた弥生時代の人たちの家族。そして、飴屋さんの家族のことも頭をよぎる。家族とともに生きるということ。家族といっしょでなくては生きられないということ。しかし、家族は動く。子どもたちは独り立ちし、ここから離れていく。
続いて、高校生の質問に、弥生のムラのスタッフ/考古学者の方が丁寧に答える。中には「わからない」としか答えられないような質問も多い。考古学者のうれしいような困った顔。準備された質問はいつまでも尽きない。
ここで、昼食になった。
昼食:あさり汁(あさりの出汁に塩で味付けしたもの。万能ねぎがちらしてある。竹の筒に入れてある。弥生当時の味付け?) 古代米と白米のおにぎり1個ずつ(緑色の竹の葉2枚で包み、紐で結んである。) 梅干し1個とたくわん2切れ(おにぎりに同梱) 調理:弥生のムラ・国東市歴史体験学習館の方々
配られた茣蓙の上に座って、ゆっくりと食べる。素朴だからこその味わいを楽しむ。あちこちから楽しげな声が聞こえてくる。食後、少し移動して、草原の上に茣蓙を広げ、横になる。快晴の空の青。ゆるやかな時間が過ぎていく。そろそろバスが出発します、の声で、ようよう立ち上がる。遠くで、飴屋さんが歩きながらトランペットを吹いていた。たよりないような、懐かしいような音が広がってゆく。


【中村地区の坂】
次の〈出来事〉は、国東町来浦の中村地区の集落へ至る坂でのこと。バスを降りた僕たちは飴屋さんの先導で、すでに刈り取りの終わった田の中の道を歩く。使われなくなった小学校の校庭に、太陽光発電のパネルが設置されている。その傍らを通り過ぎ、川を渡り、山の上の集落へ至る急な坂道を登る。坂のは長くゆっくりと曲がっている。人の住むところの土台には石垣が積まれている。
いつの間にか、自転車でやってきた少年が一行に混じっている。僕たちは、坂の途中で、立ち止まり、その少年、吉武蓮太郎くんの話を聞く。直線は人が作るもの。人がいないところには直線はない。坂には直線がない。だれが作ったのだろうか? 国東の祭、民俗行事には、多くの「鬼」、異形のものが出てくると聞いた。僕はそのことを思い出し、想像してみる。
結局、坂は登り切らないで、引き返すことになった。それは、そこに住む人たちの生活を尊重してのこと。国東の外からやってきた僕たち自身が、ひょっとして「鬼」なのかもしれない。
坂の下に、納屋のような小屋に「エアライナー」の看板がかけてあった。エアライナーは空港行の特急バスのようだった。どこからかはずして持ってきたのだろうか?
帰りは川沿いの道を歩き、大きな木の近くで待っているバスに乗り込んだ。バスに乗り込むときに、次の場所の地図とともに、竹の杖が渡された。杖には布が巻き付けられ、そして、鈴が一つ付いていた。


【千燈地区・砂防ダム周辺】
バスは山の中に入り、僕たちはそこでバスを降りる。落ち葉に埋もれた道ともわからないような道を、杖をたよりに上っていく。濡れて、苔のついた石の上も歩かなくてはならない。足下ばかりを見、バランスを崩さないように慎重に歩を進める。やがて、少し開けた広場のような場所に出る。両側は急峻な斜面に囲まれている。沢をはさんで、向こう側にお墓がいくつか見える。改めて周囲を見ると、鬱蒼とした樹木にまじり、苔に青くなった石垣がある。石垣はまだしっかりしたものもあるし、崩れて大きな石がこぼれ落ちているものもある。しかし、人のすみかの跡はこの石垣と向こうに見えるお墓の他にない。
あらかじめ準備された音響に重ねるように、飴屋さんがしゃがみこんで、鉄琴をマレットでたたいている。しばらくすると、くるみちゃんが「国東のおばあちゃんへ」と題された手紙を静かな明るい声で読む。かつてここに住んでいたかもしれない、そして、今はもう亡いおばあちゃんとの国東でのかりそめの暮らしを想像した手紙。「私は国東には住めません。でも、大好きなおばあちゃんのいる国東へまた来ます」という文面の最後は、僕たちのそういう気持ちを先取って代弁していたのかもしれない。
数分の自由時間、僕たちは思い思いに周囲を歩きまわる。大好きなおばあちゃんの気配を探すように、斜面や石垣を上ったり、下りたりする。幽かな響きに重なるように、手に持った杖の鈴が鳴る。
そして、決められた時間になり、僕たちは、三々五々、ゆっくり山を下りていく。


バスでしばらく走り、湯の里渓泉で、トイレ休憩。ここで息を整える。再び、山を登るために。駐車場の大きな銀杏が青空を背景にキラキラ輝いている。


【三十仏】
橋を渡り、2躰の仁王像が見守る中、石の鳥居、注連縄が少し垂れた鳥居をくぐり、山道のような急峻な参道を杖をたよりに息を弾ませながらゆっくりと上っていく。参道の最後は、長い長い急な石の階段。そこを上り切ると、岩屋に寄り添うようにお堂が建てられている。そのお堂の前に一人の青年が座っている。僕たちが、その青年に、自分の生年月日を言うと、生年はその日が何曜日にあたるのかを教えてくれる。僕の場合は、日曜日だった。僕たちは肩掛け袋から、今日一日行動を共にしているあの木ぎれを取り出し、筆に水を含ませ、教えられた曜日を書き記す。これは、一体何だろう? 確かにここは信仰の場。僕たちは思い思いに岩屋の神仏に詣り、祈りを捧げたが、僕たちの木ぎれにしたことは、どうやら神仏をあがめ、祈るのとは違う別の何かのようだ。
鈴の音がする。はじめは杖先の鈴が鳴っているのかとも思ったが、そうではない。お堂の前の急峻な長い石段の前で、飴屋さんとくるみちゃんが並んで、大きなボールのようなものから、鈴をつかみ、下の方へと撒いている。鈴のあえかで、静かな響きが漂うように聞こえてくる。そして、鈴を撒き終わった飴屋さんはしゃがみ込み、手を合わせたかと思うと、身を投げ、長い石の階段を転がり落ちていく。僕たちの誰もが一瞬息を飲み、驚きに打たれる。でも、声を上げた人は一人もいない。石段の一番下に至った飴屋さんはスタッフの手を借り、何事もなかったかのように立ち上がる。
そして、それを合図に、僕たちも石段を一歩一歩下りる。ところどころで、香が焚かれ、鐘や鈴が鳴らされ、山の気のような音響が幽かに聞こえる。その中を僕たちはバスへと向かった。


【界の屋敷】
バスは山を下り、しばらく平坦な道を走る。そして、道沿いに家が多くなった一角で、バスは止められ、僕たちは大きな屋敷へと案内される。入口で杖を返し、靴を脱いで、座敷に上がる。大きな卓袱台がいくつも置かれ、食事の準備がしてある。材料は、すべてこの地域でとれたお米や野菜だという。特に田染(たしぶ)は10月に国東に来たときに訪れた地で、そこで栽培されたおいしいお米が食べられるとは思いもよらない、とてもうれしいことだった。
夕食:かしわ汁(鶏肉と豆腐、こんにゃく、ごぼう、大根、人参のすまし汁。あっさりとした味付け) けんちん(大根、豆腐、こんにゃく、ごぼう、人参の炒め煮) 野菜のかき揚げ(細く切ったさつまいもの甘さ)2個+おかわり1個 干し椎茸の甘辛煮2枚 寄せ寒天(あずき入り) 一六漬け(大根の漬け物) 田染の荘園米(ごはん) 調理:荘園の里推進委員会女性部の方々 さらに、吉武蓮太郎くんが焼いてくれた焼き蜜柑をいただく。
今は空き家となった界(さかい)の大きな2階建ての屋敷。以前は弁護士や医者が住んでいたという。框には、昔、その家に住んでいた人の先祖だろうか、額に入った写真がいくつか掛けられている。
屋敷の2階には、映像インスタレーションの展示がある。映像は前回の「いりくちでくち」の際に撮られたものと思われる。食後、その映像を見て回る。前回の「いりくちでくち」はDVDで観ただけだが、今回参加しているツアーとは、大枠は同じなのだが、いくつか〈出来事〉の場所が異なるなど、違うところもいろいろとある。その後の2年間という時間の経過がもたらした厚みのようなものが感じられる。


【真玉海岸】
バスは豊後高田市を海岸沿いに走る。車中では、飴屋さんが国東の山の中で録ったという鹿の鳴き声を流す。初めて鹿の鳴き声を国東の山の中で聞いたエピソードが紹介される。そして、その後、このツアーにずっと同行していた(そして、スタッフワークもしていた)朝吹真理子さんが、このツアーのために書いた文章を、ことばからイメージが立ち上がるようにゆっくりと落ち着いた声で朗読する。それは、今日1日の〈出来事〉をひと連なりにしたような文章だった。
やがて、バスはエピローグの場所に到着する。僕たちは肩掛け袋に、今日一日ともに国東を回った木ぎれを入れて、バスから降りる。真玉海岸は、日本で一番夕陽のきれいな場所とのことだが、ずっと晴れていた空も、いつの間にか雲が覆い尽くし、夕陽は見ることができない。飴屋さんの言に従い、僕たちは砂浜沿いに置かれた何十個ものバケツの中に木ぎれを入れる。
チューバの長鳴りの音が聞こえる。音は色調を変えながら、遠くに何度もこだましつつ、緩やかに消えていく。飴屋さんに紹介されて、チューバを吹いていた青年がおもむろに話し出す。彼は、今の自分のことを静かに淡々と話してくれた。前回のツアーに双国校の高校3年生として出演していたこと、その後、大分の看護関連の学校に進んだが、不向きだったことがわかり、今は学校をやめ、国東に戻っていること、自動車の免許をとり、次の進路を模索しているとのこと。青年は、高校時代ブラスバンド部で吹いていたチューバは今はもう吹いていない、だけど、今日はチューバを吹いてみますと言って、再び、マウスピースに口を当てた。高校生たちがどこか夢見るような希望と怖れの入り交じっていたのとは対照的な話しぶりなのだが、その静謐なことばの一つ一つには、痛みのかけらだけではなく、少しだけ安心できるような何かがあった。そういう気がした。大丈夫だよ、大丈夫だよ。
そして、最後に一人残った高校生の最後ののことばをきっかけに、バケツの中に木ぎれに、飴屋さんと蓮太郎くんが二人して火を点けて回る。コンクリートの土手に座った僕たちは、すっかり暗くなった中で、赤く燃える炎の列に見入る。
しばらくして、スタッフ(朝吹真理子さんだった)に促されて、僕たちは、道路を挟んだ山の中腹に上る。そして、ガードレールにもたれながら、眼下の光景を見渡す。手が届きそうだが、決して手が届かないようなバケツの炎の列。人の話し声や自動車の行き来の音に混じって、チューバの音が清澄にこだまする。なかなかその場から足が動かなかった。「バスがもう出ます」というスタッフ(zAkさんだった)のことばにようよう促されてバスへと向かった。
飴屋さんやスタッフの皆さんとはここでお別れ。ツアーの〈出来事〉はすべて終わった。僕たちはバスに乗り、窓外に向かって手を振り、海岸を後にする。


バスの中では、今日一日の〈出来事〉を確認するように話し合う人、疲れて寝入ってしまった人、さまざまだが、僕は窓外に目をやり、この10月とあわせて数回通ったはずの大分空港に向かう海岸沿いの道に目をやりつつ、今日一日のことをぼんやりと反芻していた。


ここで起きたことはなんだったのだろう?


国東の地で、誰か人が住まわれた家の破片が、浜の処理場に小山のようにうずたかく積み上げられている。その中から僕たちは一片の木ぎれを選んで拾う。僕たちはその木ぎれとともに国東のさまざまな場所を巡り、ある場所では、一人の青年に僕たち自身の生年月日が何曜日かを教えられ、それを水で木ぎれに書く。そのことによって、僕たちとこの土地の関係が結ばれたのだ。
しかし、最後に、この木ぎれは真玉海岸に並べられた50個のバケツに入れて、燃やされる。「これであなたは救われた」とか言われたら、僕たちの経験したことは容易に擬似宗教に堕してしまうが、もちろん飴屋さんはそんなことは言わない。そう、カタルシスに回収されるようなものは何一つなかった。
木ぎれはバケツの中で燃やされて、僕たちは海岸に迫る山を少し上がったところからその様子を見た。チューバの響きが山にこだまし、少しずつ音色を変えていくのを聞いた。自動車の行き交う音や人の話し声を聞いた。僕たちは火が点々とと燃え上がっているのを眺めた。木ぎれは燃えてしまって残っていないけれど、物に仮託して残さなかった分、この国東の地で国東の高校生たちや飴屋さんたちとともに、僕たちが感じたこと、考えたことは確かに一つの経験や記憶として残った。
それは、僕のような都会に住み、なにやかやを消費して、それを楽しみにして生きている人間のもつ田舎への安直でいかがわしいねつ造された郷愁ではなく、国東という地にある生活の現実、現在や未来に即した冷徹なものであったが、痛みや悲しみ、強さややさしさ、喜びといったさまざまな感情の奥行きを確かに持つものであった。
そう思った。

大分空港に到着すると、僕たちは、添乗のスタッフと運転手さんにお礼を言って、それぞれがそれぞれの場所へと戻っていった。

出演:国東高等学校双国校の高校3年生/井上将太、木下久瑠美、木ノ本雄人、高嶋海斗、鳥羽祐治、藤本未沙希 くるみ 吉武蓮太郎 藤原裕也[tuba]  映像出演:青柳いづみ 上野一二美 Sam Fuller Tran Minh Thuan Phan Wuang Thieu 古田恒河 森秀映 涌井智仁 朝吹真理子
演出・文:飴屋法水 文:朝吹真理子 音:zAk 映像:田村友一郎、涌井智仁 舞台監督:大田和司 演出助手・小道具:西島亜紀 衣裳・小道具:コロスケ 音響制作:東岳志 舞台スタッフ:金城恒次、白藤垂人、小駒豪 映像記録:河合宏樹 制作:松本花音(precog) 制作アシスタント:水野恵美、兵藤茉衣 スタッフ:古原彩乃、古田恒河、小山冴子 ツアー添乗:立花泰香(BEPPU PROJECT)
主催:国東半島芸術祭実行委員会

※数日後の記憶に基づいて書いています。なので、事実については、記憶違いや忘却で、細かいところが間違っているかも、です。