かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

 東京国立博物館・平常展

今日見てきた主な特集陳列は以下のとおりです.

  • 特集陳列「佐竹本三十六歌仙 (本館・特別1室 2006.9/5〜10/1)
  • 特集陳列「懐月堂派の肉筆浮世絵」 (本館・特別2室 2006.9/12〜10/22)
  • 特集陳列「中国書画精華」 (東洋館・8室 2006.9/5〜2006/9/5〜10/29)


特集陳列「佐竹本三十六歌仙絵」
昨年は古今集1100年,新古今集800年という記念の年だったので,いろんなところでその関連する展示が開催されました.おかげで「佐竹本三十六歌仙絵」の断簡もずいぶんと見かけ,うかつな私でも全体の半分ぐらいは見ることができたのではないでしょうか.
今回の特集陳列ではその「佐竹本」のうち,《住吉明神》(東博),《小野小町》(個人),《壬生忠岑》(東博)の3幅が出ていました(他に《藤原興風》が9/20から展示).東博にしては珍しく拡大写真なども使っての展示でした.
中では,《小野小町》が圧巻.後ろを向いた小さな頭から,ゆったりとまとった華麗な女房装束(青い海原に州浜を描いた海賦模様の裳が印象的)の上に,長い髪がうねるようにかかっていて,そこだけ感情がむき出しになっているような,そんな錯覚を受けました.「いろ見えてうつろふものはよの中の人のこゝろはなにそありける」.
「佐竹本」関連では,他に中山養福による《佐竹本三十六歌仙絵巻(模本)》が出ていました.これはもちろん断簡になる前の絵巻を写し取ったもの.ずらっと広げられていたら,「佐竹本」の全体像がわかっていいなと思っていたのですが,残念ながら展示は小野小町藤原朝忠藤原高光壬生忠岑大中臣頼基源重之の5人分でした.それでも,今では色がやや飛んでしまった小野小町の衣裳の色や柄などを知ることができ,なかなか興味深かったですね.中山養福(1805〜1849)は,江戸後期の狩野派の絵師で,狩野伊川院栄信の弟子だそうです.
展示では,この他に,中世から連綿と描かれた歌仙絵も多く出ていました.特に似せ絵の観点から解説がついていていました.それぞれ,ティピカルな面貌表現に陥らず,個性的,かつユーモラスな顔立ちが楽しめて,おもしろかった.
また,模本類の中では,《女房三十六歌仙絵巻(模本)》(江戸時代・19世紀)がユニークでした.これは白描で,女房たちの着る着物の色目を細かくメモるなど,粉本的な性格のものですが,写された女性の顔だちが似せ絵風のものとも異なり,かなりマニアックで,変な感じ.言うなれば,現代風でオタク好み,とでも言うところでしょうか.
ところで,東博の庭園には,応挙館という建物があります.これは,現在の愛知県大治町の明眼院というお寺の書院として寛保2年(1742)に建てられました.室内に描かれている円山応挙の絵から今では応挙館と呼ばれています.この建物,後に東京品川の益田鈍翁の邸内に移築,さらに1933年(昭和8)に東博に寄贈され,現在のところに移されます.「佐竹本三十六歌仙絵巻」は1919年(大正8)鈍翁ら当代の数寄者たちの手によって断簡に切り分けられたのですが,実はそれが当時鈍翁の邸内にあったこの応挙館でだったそうです.ふ〜ん,そういう縁があったのか.(応挙館のある庭園の公開は,この秋は2006.10/24〜11/30の日程で行われるそうです.)


特集陳列「懐月堂派の肉筆浮世絵」
宝永年間(1704〜1711)頃,浅草諏訪町に工房を構え,仕込絵と呼ばれる工房制作で多くの肉筆浮世絵を生み出した懐月堂安度と,その5人の弟子たち(長陽堂安知,懐月堂度辰,同度繁,同度種,同度秀)の肉筆浮世絵を中心とした展示です.度辰と度繁については,大々判の墨摺絵も出ていました.
懐月堂派と言えば,最先端のファッションを身にまとった高位の遊女を立ち姿で描いた肉筆浮世絵を思い浮かべるわけですが,私としては,その美しさに見とれる,というよりも,むしろ威風堂々とした大柄な肉体ときつい顔立ちに圧倒されちゃうことが多かったりします.(特に安度のもの).
ところが,今回の展示でちょっと印象が変わりました.例えば,3点出ていた安度作品の中に,1点,見返り姿の遊女を描いたものがあります.確かにその立ち姿は大柄な堂々たるものなのですが,それだけではなく,肩のラインなどとてもたよやかな感じもして,目を見張った次第です.また,衣裳なども,柄はともかく,ティピカルに整理された衣紋線などに画一的な印象を受けることも多かったのですが,風に吹かれる帯を描き添えたものなどもあり,決まり切ったスタイルのものだけでないことも知ることができました.
他に懐月堂派の影響を受けた絵師たちの作品も多く出ており,全体的に懐月堂派とその影響を概観することのできる興味深い展示でした.



特集陳列の他に印象に残ったところを書いておきます..
まずは7室の屏風絵.酒井抱一《夏秋草図屏風》をメインに,狩野探幽《周茂叔林和靖図屏風》(紙本墨画淡彩・6曲1双)と久隅守景《鷹狩図屏風》(紙本着色・8曲1双)が出ていました.(展示期間:2006.8/8〜9/18)
抱一の《夏秋草図屏風》は尾形光琳の《雷神風神図屏風》(ただいま,出光美術館「国宝 風神雷神図屏風」展にお出まし中![2006.9/9〜10/1])の裏面に描かれたものですが,その趣向といい,構図,テクニックといい,完成度が高い.あんまり完成度が高くて,いやみを感じるくらいです(笑).
久隅守景の《鷹狩図屏風》の実物は初めて見ました.本来は8曲1双ですが,展示はケースに収まりきらなかったのか,右隻のみの展示だったのがちょっと残念.左右揃っていれば極端に横長な超ワイド画面が楽しめたのでしょうが,片隻ではせいぜい「ワイド画面」という印象.画面には鷹狩の様子がパノラミックに描かれているのですが,そのどれもが故実に忠実な描写であるとどこかで読んだ覚えがあります.確かに描かれている男たちの描写は躍動感に満ち,鷹狩など知らない現代人の私にもなかなかリアルなものでした.実際に鳥を追っている場面ばかりではなく,待機中,あるいは休憩中の場面も描かれていて,特に,2〜3扇めの下方,積み藁の近くで休らう男たちの描写が愉快でした.互いに煙管を自慢しあって煙草を吹かす男たちとか,小さな鏡を手に毛抜きで髭の手入れに余念のない男とか,その細部の醸すユーモアがいい感じでした.(《鷹狩図屏風》の展示は8/22〜9/18.8/8〜8/20は同じ守景の《納涼図屏風》が出ていました.)
10室の浮世絵では,鈴木春信《雨夜の宮詣(見立蟻通明神)》や勝川春潮の3枚続《五節集》《農業満作出来秋之図》,歌麿の3枚続《大木の下の雨宿り》といったところが印象に残りました.この他,先日千葉市美術館で見たばかりの歌川広重の「近江八景」連作に早くも再会したり,歌川国芳《東都名所・佃島》の水面にぷかぷか浮かぶスイカのかけらに目がとまったり(笑),楽しかったです.東博の浮世絵の展示は割と古い時期のものから通観できるので,いつも楽しみにしています(おかげで,墨摺と漆絵の違いだとか,紅絵と紅摺絵の違いだとかが,実物に即してわかってきました).(展示期間:2006.9/12〜10/9)
近代美術の18室には,1886〜88年(明治19〜21)にかけて,「やまと新聞附録」として描かれた月岡芳年の「近世人物誌」が12点出ていました.前回,来たときもちらりと見たのですが,今回は詞書もぼちぼちと読んでみました.幕末から明治の開化期にかけての特色ある人物のうち,女性のものが多く出ていたのですが,まあ,ワイドショー的な内容といったところ.高貴な人物から毒婦までそれぞれ強烈でおもしろかった.(展示期間:2006.8/29〜10/9)