かけらを集める(仮)。

日記/旅行記+メモ帳+備忘録、みたいなものです。

長崎



神ノ島にて。

  • 7:00過ぎに起床。身支度をして、1Fの朝食会場で朝メシを食べる。おにぎり、スープ、サラダ、お総菜数種、というところ。あまり美味しくはない。同じレベルのチェーン店ホテルの朝食が充実してきているのに比べ、大丈夫かな、などと思ってしまう。大きなお世話か笑 一度部屋に戻り、一休みしてから、チェックアウト。昨夜はけっこう雨が降ったようだ。天気予報でも降水率が4、50%で、ちょっと高かったのだが、今日一日、曇りがちとはいえ、雨は降らずにすんだ。
  • まず最初に岬のマリアさまにお会いしに行く。バスは市役所前からなので、少し歩く。土地勘はだいたいつかんでいるので、適当に歩くのだが、途中、どこか、お役所の前で、銅像に出会う。顕彰(観光)系だが、像自体にいまひとつ心引かれるものがない。説明板をさっと読んで通り過ぎる。うろうろしながらも、15分ほどでバス停に到着。ちょっと早い。
  • 市役所バス停から長崎バス6神ノ島教会下行きに乗車する。6系統は同じ系統とはいえ、終点の違うバスが多いので(系統の番号は路線ではなく、経由を示しているらしい。旅行者にはかなりの難関だ)、乗り間違えないように注意する。8:37発予定(始発ではないので、5分ほど遅れて、42分頃来た。37分に同じ6だが、違う行き先のバスが来て、間違えそうになる)の神ノ島教会下行きのバスに乗車。JR長崎駅を通過し、稲佐橋を渡る。その後、三菱の工場沿いをしばらく走る。三菱の巨大な造船用クレーンを間近に見ることができる。トンネルをいくつか抜けているうちに、いつのまにか、海べりののどかな道筋に出ていた。30分ほどで終点の神の下教会バス停に到着。市役所からの料金は300円だった。
  • まず、岬のマリアさまの許へ。鳥居が立っている。あれれ、と思ったら、同じ岩塊の上に、えびすさまも祀ってあった。この真っ白なマリア像は、1984年に建立された2代目。初代のマリア像は1949年に聖フランシスコ・ザビエル渡来400周年を記念して世界平和と航海安全を願って、この地に建てられたとのこと。マリア像の高さは4メートル60センチ。制作はイタリア人のファロニー師(サレジオ会)、祝別者は長崎大司教の里脇枢機卿(説明板による)。ちょうど潮が引いていたので、岩塊の周囲を少し歩いて見る。香焼の造船所のクレーンや伊王島大橋が見える。



マリア像

潮が引いていたので、岩場を少し歩いた。

マリア像のすぐ近くにえびすさんが祀られていた。

  • 続いて、四郎ヶ島方面へ海に沿って歩く。10分ほどか。行き止まりは神ノ島公園のグランドで、ここでトイレを借りる。四郎ヶ島は陸と堤防でつながっていて、台場跡などの史跡があるそうだが、昨日の雨で、堤防まで出る道がぬかるんでいて、思いの外、難渋したので、今回はあきらめて、途中から引き返した。再び来た道を戻り、小高い丘の上にある神ノ島教会を訪ねる。すぐ近くに幼稚園があり、園児たちの声が聞こえる。


中央付近に見えるのが、四郎ヶ島。台場跡があるとのこと。幕末に設置されたもので、長崎にある23の台場のうち、一番新しい。

マリア像のところから望む神ノ島教会。

神ノ島教会

  • 10:33発のバスに乗車。神ノ島教会下発のバスは1時間に4本程度あり、あまり待たなくても大丈夫(まあ、事前に時刻表は調べておいたが)。来た道を逆方向にたどり、20分強で、宝町バス停に到着。270円。ここで、路面電車に乗り換える。浜口町電停まで。路面電車は1乗車120円。


宝町電停にて。

  • 以下、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館→長崎市歴史民俗資料館→長崎原爆資料館→爆心地公園→平和公園→浦上天守堂と回った。ずいぶん前だが、前回来たときとは、だいぶ様子が変わっていた。このあたり、小学生のグループがたくさん校外学習や修学旅行に来ていた。


国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館

長崎市歴史民俗資料館 長崎市平和会館の地下が歴史民俗資料館になっていた。無料。常設展示の他に、「襖・屏風展」が開催中だった。所蔵品からの展示だが、おもしろそうなのは、すべて複製展示だった。ちょっと残念かも。平和会館には、他に長崎市野口彌太郎記念美術館がある。

長崎原爆資料館 入口付近

爆心地公園 爆心地付近

爆心地公園 浦上天守堂から移設された聖堂の南側の一部。1958年新しい天守堂建設にともない、この地に移された。石像は、フランシスコ・ザビエル使徒

野外で観ても、で、でかい…



  • 時間に余裕があるので、今一度繁華街に行ってみることにした。浦上天守堂から松山町電停まで歩き、路面電車で築町電停まで。120円。新地中華街で遅い昼食でもと考えていたのだが、15:00を回ってしまい、どこも休憩時間に入り、開いている店がほとんどない。再び湊公園を経て、昨日はパスした旧唐人屋敷あたりをうろうろする。気になるちゃんぼん屋があったが、ここも休憩中。土神堂(どじんどう)→天后堂(てんこうどう)→観音堂と回り、最後に福建会館に行くが、保存整備の工事中で見学できなかった。孫文銅像がちょっと見たかった…

  • 昨日訪ねた長崎公園で、確かめたいことがあり、少し遠いが歩くことにした。長崎中通り商店街を抜けて、市民会館の横を通り、長崎公園へ。市民会館の横の銀杏並木の黄色が鮮やかだ。



  • さて、長崎公園で確かめたかったのは、《西岡竹次郎》の作者の確認。台座が高いので、直接銅像の足下を確かめることはできない。説明板には、制作者について書かれていないが、銘板に「西望作」とあるのを確認。昨日撮った写真がちょっとピンぼけだったので、これを確認しておきたかった。長崎歴史文化博物館の敷地を抜ける。ここに、富永直樹による銅像、《長中健児ここに在り》(1984)があった。「長中」は、旧制長崎県立長崎中学校のこと。説明板を見ると、山本健吉(富永の同級生だったとのこと)が建立の経緯を書いていた。昨日通った山の麓の道を抜け、長崎駅まで歩く。



  • 適当な夕飯を適当に食らうと、ちょうど17:00になるところ。飛行機まではまだだいぶ時間があるが、一応予定もこなしたし、日も暮れたので、どうしたものか? 稲佐山に登って、長崎の夜景を楽しむという手もあったが、いささか歩き疲れた。ということで、少し早いが、今回の旅行はこれまでとし、バスで長崎空港に向かうことにする。長崎県営バスターミナルに行くと、ちょうどノンストップ便の長崎空港行きが出るところだった。本数が多いので、別に慌てることもなかったが、これに乗車する。1時間弱で、長崎空港に到着。長崎空港に渡る橋の手前に、《天正遣欧少年使節顕彰之像》があるようだが、これは素通り。ちょっと見たかった。
  • 帰りは、長崎空港から。ソラシドエアSNA042便、長崎21:10発→22:45羽田着予定のところ、使用機材の到着が15分ほど遅れたため、出発も遅れる。羽田には22:55着陸。バス移動で、23:00過ぎに出発ロビーへ。バスチケのカウンターに行ったところ、23:05発でいいですか?と訊かれ、思わず、いいですと答える。時計を見ると、23:05まで、もう2分もない。乗り場までダッシュ。発車間際に無事に乗車。息が切れる。これがいちばん疲れた苦笑 24:00過ぎには無事に帰宅できた。